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COVID-19 Syndrome Part ⅩⅩⅣ [日本の政治をぶっ潰せ!]

草津温泉の朝.jpg

 え〜、昨日TBSテレビの「ひるおび」にMCの恵以外ではただひとり生出演している安倍晋三御用達政治評論家、『田崎(ス)史郎』を何気なく観察していた。この御仁は官邸と近い関係にあることを常日頃から自慢げに吹聴する性癖の持ち主だ。この日も自分だけが知っている首相官邸からの裏情報を、一刻も早く皆に知らしめたいと言うような、期待に胸膨らませるJKの様な何ともこの年齢に相応しくない締まりのないヘラヘラ顔をしていた。
 そのニヤついて口を半開きにした「へっへっへ」てな顔を何気に眺めていたら、何だかエサをくれるのを期待して、お座りをしながらしきりに愛嬌を振りまいているワンコの顔に見えてきた。もしこの(ス)史郎さまさまを犬種にたとえるとしたら何犬だろう。少なくともチワワやトイプーではないだろうし、ミニチュアダックスでもピンシャーでもないだろう。柴犬か柴とミックスのサモエドか・・・。ところでこの田崎(ス)史郎は、飼い主の晋三君の前でも半開きの口でこんな顔をするのだろうか。(^0^))☆爆笑☆((^Q^)v


 <2020/04/30 13:55追記>

 安倍政権はやっとこさ緊急事態宣言を1ヶ月程度延長する検討に入ったらしい。
 二日ほど前だっただろうか。TBSの『ひるおび』で田崎(ス)史郎が、緊急事態宣言の解除時期についてMCの恵に話を向けられて「政府も今情勢(感染者数の予測という意味か?)が読めないので、今後の推移を見て決めたいと思っている云々」と話しているのを見て、これがもし本当に安倍政権の中から出た話だとしたら、この政権に国民は一刻も早く見切りをつけた方がいいと思った次第です。この政権が過去に出した方針はことごとく失敗しています。
 PCR検査の検査体制の見直しと拡充の方針を安倍総理が発表したのは2ヶ月以上も前のことです。しかし現状は4日間37.5度以上の高熱が続き、診察した病院の検査で肺炎が認められてもPCR検査を受けられず、いわゆる『検査難民』は増え続けるばかりです。この原因は専門家会議で予測した感染者数を上回る勢いで感染者が増加したからに他なりません。つまり専門家会議のメンバーすら無能を曝け出している訳です。
 マスク増産についても菅官房長官は何度も増産体制を発表しているが笛吹けど踊らずでいまだ増産体制が出来ているのかどうかさえも不明で、マスクがごく普通に手には入って来るのはいつのことになるのやら、という感じである。布製マスクはどうなった?
 もはや安倍晋三はオオカミ少年ならぬ、おおかみオヤジである。言うこと為すこと何ひとつ実現できていない。本当に何ひとつだ! PCR検査は一日当たり1万5千件処理できる体制を整えたと言ったが、現実には8000件/日しか達成できず、言ったことの半分しか達成できていない。こんなことはこの宰相の場合日常茶飯事だ。検査キットを1日当たり
1万5千セット用意することと、検査のインフラを整えることはセットでなければ、11万5千件の検査は不可能だ。それをリップサービスだか、その場しのぎの言い逃れ(筆者は後者だと見ている)で発表すること自体この宰相の底の浅さと思慮の無さを露呈し、自ら無能であることを証明して見せたようなものである。
 だから各地方自治体の長も、政府は無能で単なる補完機関でしかないと見切りをつけ自分たちが主体で行動に移っている。もはや安倍政権と日本政府を頼るのは愚か者しかいない。

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 これはわたしが小学生の頃の話です。正直あまり書きたくはない内容です。しかしそれでも敢えてこのことを伝えようと思ったのは、今も昔も変わらぬ人々の浅はかさや心の闇が、新型コロナウイルス禍に喘ぐ今の状況を生み出している、あるいは助長してる原因の一つになっているのだと思います。しかしそれ故にこの新型コロナウイルス問題の解決の糸口にもなり得ることを知って貰うためです。
 TV番組などを見て思うのは、日本におけるCOVID−19は天災と同時に人災でもあるということでしょう。人々の過半はこのウイルスが広がらないようにと我慢腐心しているというのに、その一方で自己責任の意味も手前勝手に解釈し、あくまでも自粛要請なのだから(強制力がないということを言いたいらしい)何をしようが俺の勝手だと嘯き、屁
理屈を捏ねくり回して自分の欲望だけを優先して出歩く人々がいる。この状態を放置すれば、いずれ両者間に軋轢と諍いが起きるのは時間の問題だと思われます。
 そのようにこの災厄が長引くに連れ段々と世の中が殺伐とし、人々も組織も企業もそれこそ何もかもが疲弊して活力を失っていく。わたしはそう思っています。そうした世界が到来した時、たぶん最後に必要なのは経済対策でも外出禁止命令でも相互監視社会でもないと思います。
 これさえあれば人は生きていけるというものがこの世には存在します。
『人は一人では生きていけない』という真実とそれは連携し、連帯し相互扶助へと繋がっていく基本的な考えです。

 それを今から書こうと思います。

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 小学校を卒業する時に渡された通信簿には最下段に評価欄なるものがあった。一学期も二学期も通信簿のそこには何も書かれていなかったが、最後の通信簿に書かれていたのは、担任の見た私の気質というか性格についての総合評価であった。それは今では信じられないような内容の担任教師の『私見』そのものだった。

 そこにはこう書かれてあった。

「すべてに於いて人を『ちゃらかす』癖がある。早急に矯正すべきであろう」

 親への通知だから知らない漢字もあった。だが元々本好きで大人の読む小説なども既に読んでいたから大体意味は理解できた。だがどうしても「ちゃらかす」の意味だけは分からなかった。辞書にも載っていなかった。だがこの教師の最後の嫌がらせであるのだけは分かった。
 わたしはその頃には、ある種の女性の纏わりつくような執念深さ、というようなものを日々肌身で感じていた。女系家族の中で育って女性の良さもそうでないところも見てきたが、小五の春から小学校卒業時までの二年間、私達の学級担任だったこの教師だけはわたしの女性像の枠組みから大きく外れた『特別』な存在であった。
 わたしにとっては半分悪意の塊か悪魔そのもので、あと半分は『反面教師』だった。善意の押し売りを経験したのも、教導に名を借りた際限のない体罰や、差別や言葉の暴力やネグレクトも、この教師を通して経験したことだ。それでいて時に妙に優しくなるから訳が分からなかった。この先生はわたしが憎いのだろうか。それとも。
 その頃のわたしは学校に行くのが恐く、いつも不安に怯えていた。だが意地で毎日学校に通った。この理不尽な世の中に屈し負けるのが嫌だったからだ。

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 アジテーターと呼ばれるよりも、デマゴーグと呼ばれる方が俺には合っている。

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 本当はそう呼ばれたくはないけれど、大きな障害や危機を乗り越えるためには、時には皆の意識を一つにする必要性を強く感じていた。その一手段として人々を煽り立て気持ちを昂ぶらせ、それを大きな一つの力に変えて進むべき方向を指し示すことも、時と場合によっては必要なのではないかと考えていた。
 今の自分の力では到底無理だけれど、けしてそれを諦めた訳じゃない。
 その原初になる考えは、小学校五年生の時に味わった担任教師による躾を口実にした体罰と、ネグレクトや言葉による暴力を嫌というほど味合わされたが故に、己の身を守るために必然的に生まれるべくして生まれ出たものだ。
 わたしのいた学級は、ある意味その担任教諭の恐怖政治に支配されていた。担任教師の権力は絶対だった。右を向けと言われれば、誰一人欠けることなく全員右を向かされた。わたしはその中でこの教師から『特別視』されていた。それがゆえに、わたしは皆から無視され苛められるよう仕向けられた。
 それは小四の秋の運動会で起きたある暴力事件に端を発した、偏見と誤解から始まった。その最中にわたしが知り得たのは、人はいとも容易く騙され、大のおとなが悪賢い小学生の嘘に騙されることだってあるということだった。そして一旦その嘘に基づいた人の評価がなされると、その後は勝手に嘘が嘘を呼び多くの人を巻き込んで、悪意の連鎖が際限なく繰り返されるという人の世の真実の一端だった。
 わたしは変わっている子というレッテルを貼られていたし、相手は隣の組の学級委員長でしかも腕力も強いという、言わばガキ大将だった。
 その悪ガキが秋の運動会の最中にわたしに言い掛かりをつけ、わたしがそれを拒んだことから、ふたりの間にトラブルが発生した。そして最初に暴力を振るわれたのはわたしだった。というより一方的に振るわれた。周りに教師は一人もいなかった。そして見ている者は誰一人として止めに入る者はなかった。わたしの知る限り、こちらを見ていた児童の多くは、皆ニヤついていたと思う。
 だがこの隣の組の学級委員長の誤算だったのは、今まで誰一人この悪ガキ学級委員長に刃向かった者がいなかったことだろう。わたしは学年全体から見れば背丈もあって体格も大きい方だったが、その悪ガキ委員長はといえば背丈も体格も桁外れに大きかった。
 それこそ第二性徴を終えた中学二年生くらいの背丈があったのだ。つまり彼我の体格の差は歴然としていた。小柄な者から見たらそれこそ小山のようなというか、バケモノのような存在だった。
 一方のわたしは、体格も然りながら喧嘩の経験も少ないなく、弁舌もからっきし駄目で一向に強そうには見えなかった。しかもどちらかといえば落ちこぼれ扱いされ、なおかつ出身地の会津の方言が抜けなくて、皆とうまく交われないことに内心悩んでもいた。それが影響したのだろうか、いつも明るく振る舞っていたのに、いつしか問題児だと同学年の各担任や一部の児童からも思われるようになっていた。
 つまりこの隣の学級の委員長からすれば、わたしは取るに足らない侮るだけの対象だった訳だ。胸ぐらを掴まれ頭突きを喰らい腹に膝蹴りを入れられた。通常ならばその場に崩れ落ちない訳がない。だが何とか片膝を地面につけただけで持ち堪えた。最後の膝蹴りだけは体を捩ったから脇腹にヒットしただけで済んだ。それで腹のど真ん中に喰らうことだけは、どうにかこうにか避けることが出来た。
 そうして直前にあった二人三脚競争で勝ち得た二位の黄色いリボンを右腕の袖からむしり取られた。悪ガキの目的は三位になったのが許せず、同じレースを走ったわたしの二位のリボンを奪い取ることだったのだ。こちらには何一つ落ち度がないのに、いきなり現れていきなり理不尽な暴力を振るわれたのだ。生まれてはじめての出来事にわたしの頭は真っ白になった。だがそれもほんの一瞬だ。その屈辱は瞬く間に激しい怒りへと変化した。今になって思えば、あの時のわたしは怒髪天を衝くという形相だったのであるまいか。もしかしたら背後から炎が吹き出していたかもしれない。とにかくそれほどの激しい怒りだった。
 両手で耐えがたい痛みを発する脇腹を押さえながらも、かつて父と母に言われたことを何故か急に思い出した。父には「泣いて帰って来るな!」と嘆かわしい顔をされて、母には「自分が正しいと思ったらその信念を曲げてはいけない。自分の納得のいくまでトコトン遣りなさい!」と叱咤激励された。それで決心した。
 その時頭の中を占めていた思いは只一つ、『遣られたら遣り返す』だった。
 悪ガキは意気揚々と自分の級友たちがいる方に引き上げていた。グラウンドの土に片膝を突きながら、わたしはその背中に向かって大声で叫んだ。何が何だか分からない言葉にならない咆哮だ。
 その声に驚いて振り向いた悪ガキに落ちこぼれがいきなり牙を剝いた。近くにあった自分の木製椅子の脚部を、軽々と片手で鷲掴みするや否や雄叫びを上げながら突進した。一人親方のブロック工だった父の仕事を、休みの日はいつも手伝っていたから、膂力と握力はかなり体格の良い中学生にも引けを取らないくらいあった。自分の腕力を ひけらかしたことなど一度もないが、いざとなれば行使することに何の躊躇いもなかった。
 こうして走る勢いそのままに片手掴みの椅子を真っ正面から悪ガキの頭部に振り下ろした。ガキ大将は咄嗟に身を縮めて手を交差するように頭部に翳した。その手に椅子はもろに当たって勢いを完全に削がれたが、その椅子の脚の一つがガキ大将の後頭部に辛うじて当たった。コツンいう鈍い音がした。
 わたしを甘く見ていたガキ大将は不意を突かれ為す術もなかった。
 そして救急車が呼ばれる事態となった。
 大泣きしているガキ大将の傷の具合を見た救急隊員は、腕の擦過傷に学校備え付けのヨードチンキを塗り、小さな大して腫れてもいない瘤に、これまた学校側が用意した打ち身用の軟膏を塗るという、軽微な手当てをしただけで結局は何もせず引き上げていった。病院に連れて行くまでもなかった。
 脳に影響があるかも知れないなどと騒ぎ立てた教師もいたが、会議で出掛けた校長の不在を預かる教頭はその意見をその場で否定した。救急隊員から説明を受け、大事にはならないと判断した結果だった。
 四年の時の担任教師は教頭試験を受けるために不在で、悪ガキの学級の担任もその時は何故か所在不明だった。そしてこれが後にわたしに不運と災厄をもたらした。何故なら責任者がひとりもいなかったからだ。親鳥がいなければ鷲や鷹や蛇が幼鳥や卵を狙って来るように、この時も一人の女教師がしゃしゃり出た。
 怪我は大したことがないのが分かったが問題はそれだけでは収まらなかった。ガキ大将は自分は暴力を振るっていないと言いだし、振るったのはわたしで、しかも背後からいきなり襲われたのだと嘘をついたのだ。
 手の防御創を見ればそれが嘘であることは明白だったが、この嘘に飛びついのが一部のバカ教師で、それをすっかり鵜呑みにしてしまったのである。その急先鋒だったのが当時六年生の姉のいる学級の担任をしていた超ベテラン教師で、教育熱心だと自他共に認め且つ陰では一生涯独身女と揶揄されていた教師だった。この教師には、二つ年上の姉は優等生で、わたしは劣等生というレッテルを何故か貼られていた。
 そしてわたしは30分後にこの教師に職員会議室に呼ばれ、その密室の中でこの教師から抗弁すらも許されず往復ビンタを浴び、後ろの戸棚まで1メートルも吹き飛ばされたのであった。それだけではない。とんでもない言葉の暴力がわたしを襲った。
「放っておいたらお前は将来碌な者にならない。お前は間違いなく犯罪者になる」
 根拠もないのにそうまで言われ、悔しくてはらわたが煮えくりかえる思いがした。
 そうして次の年の春四月、わたしは奈落の底に落とされた。
 人を分け隔てしない立派な教師だった前の担任が、教頭試験に合格して他の小学校に転任になった。その後を襲って「性根を入れ替える」という名目で、わたしを犯罪者呼ばわりしたあの女教師が担任になったのだ。もうお分かりだと思うが、その後の二年間は地獄であった。
 毎日悔し涙を流した。しかしこの教師には一度も屈したことはない。打たれても打たれても立ち上がって、皆の前で人格を貶められても歯を喰い縛って耐えた。そうした制裁を受けた翌日も休まず登校した。負けてなるものかと思った。
 初めは面白がって囃し立てていた同級生もやがて押し黙るようになり、日々体罰や言葉の暴力を受けても挫けず、それでも担任に立ち向かっていくわたしの行動を静観するようになった。もはやわたしを苛めるのはこの担任教師だけであった。しかしわたし自身はこの教師だけに立ち向かっていた訳ではなかった。見て見ぬ振りをする過半の同級生と、大人たちを心底軽蔑していた。
 そしてある日わたしは、小四の秋以来抑えに抑えていた感情を解き放ち、ついに爆発した。暴力を振るったのではない。感情爆発を起こしたのだ。先生のわたしへの理不尽な体罰を契機に、それに真っ正面から反抗しただけでは済まず、同級生を振り返り瞋(いか)りを顕わにした。
「お前らだって、先生と同じじゃないか。見て見ぬ振りをしやがって!お前らサイテーなんだよ」
 そのようなことを皆に向かって叫んでいた。そうして教室を飛び出していったわたしを誰一人引き留める者はいなかった。たぶん過半が呆気にとられていたのだと思う。だがそれから三日学校を休むに及んで、PTAの会長から校長の耳にこの出来事が伝わり、結果この担任教師は処分を受けたのだった。
 学級の過半も掌を返したようにわたしを擁護するようになり我先に友達なろうとした。一方のわたしは、それらが皆わたしへの罪悪感から出た行動であってけして本心ではないのを見抜いていた。これは偽善だと。
 だがそんな偽善でもないよりはマシだと思うようになっていた。その時から、悪に立ち向かうには多くの者を引きつけ、自分の味方につける思想形成が必要だと、子どもながらに考えるようになった。自己防衛のためだった。
 しかしこの時点でわたしは相当な心的ダメージをこの教師から受けていた。自分は結局は駄目な人間なのだというイメージを植え付けられていたのだ。それを克服するのはずっと後年のことになる。
 結局この担任教師は反論する機会さえ与えられなかった。校長と教頭とPTA会長と母の前でわたしは、たどたどしい言葉で四年の秋の運動会に端を発したこの教師との確執とその経緯を思い出しながら一つ一つ話していった。教育委員会まで話が行っては困ると思ったのか学校はすぐに動いた。この女教師には訓戒処分と担任教師の資格の一部剥奪という、当時としてはかなり厳格な制裁を受けたのだった。
 晴れて冤罪を晴らしたわたしだったが、担任教師は当然ながら面白くない。仕返しをしたいが、しかしもう体罰を振るえない。そこで腹いせにあの通信簿に、
「すべてに於いて人を『ちゃらかす』癖がある。早急に矯正すべきであろう」
 という記述をしたのだった。これは小学校から中学校への引き継ぎ簿にも記載されていたようで結構痛かったが、中一の一学期の中間試験と期末試験で学年のベストテンに入って以降、人としての自信を(表面的には)ようやく取り戻し、この教師の怨念と呪縛から(形ばかりではあるが)ようやく逃れられたのだった。
 はじめ母はそれを見て「ちゃらかす」の意味が分からなかった。「茶化す」なら分かるが「ちゃらかす」とは一体何ぞや!
 そこで我が家族が住む借家の隣に住む大家さんにそれとなく聞きに行ったら、「人をからかったり悪ふざけをする」だとか「冗談を言って人を笑わせる」という意味らしいことが分かった。さらにそれを発展させて「他人を弁舌を以て扇動する」という意味もあることが分かった。母は寂しがり屋で人なつっこいところのあったわたしが、そんなことをするとは露ほども思っていなかっただろう。
 だがわたしはあの隣の学級委員長のように嘘こそつかなかったが、どうしたら自分の身を守るかについては多くのことを学んでいたのだ
 それこそが周りを味方につけるという知恵であった。それを力にして不正に対抗したり自分たちの立場を改善したりということが可能になった。その時思ったのは『言葉は力だ』ということだ。説得力。人を打ち負かす弁舌。それを得るためにそれからは必死になって勉強した。
 そして今に至っているのである。だからあの担任の教師の指摘はまるっきり的外れではなかったのだ。確かにわたしは人を煽るのがどういう訳か得意なのだ。だがそれを自分だけを利する為に使ったことは一度もない。
 翻って今の日本の政治はどうだろう。人々のために何かを為しただろうか。いや、断じて稲田朋美ぢゃなかった! 断じて否だ!
 わたしは不正が許せない。私利私欲に走る者が許せない。口ばかり達者で何もしない無能が許せない。見て見ぬ振りをする者が許せない。
 安倍晋三政権は新型コロナウイルスを前にして、今に至るも無能無策で後手後手でしかも言い訳がましい。他人を心底甘く見ている。これは悪だと思う。故に我思う。
 新型コロナウイルス禍に於いて悪政で人が死ぬことを断じて許してはならない。
 今回『昭恵問題』に言及するのは止めました。というより暫くは書かないつもり。バカを批判すれば自分もバカになる。というよりバカが感染したら元も子もない。

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大仏殿全景.jpg

 前回の記事の後半に書いた相手方のブロガーさんに嫌われてしまいました。約束していた反論は書くのを止めたそうです。その理由として、わたしを指して「礼儀も弁えず自分の意見をただ人に押しつけるだけで、人の意見を聞く耳を持たない人物だ」と、わたしと面識もないのに断定していました。
 それは、わたしが前回の記事をUPする僅か一時間前のことで、後になってそのことを知りました。ご存じのように、わたしはそれまでこの方のことを一度も悪し様に書いたことはありません。なのにこの仕打ち。どうみても大人げない。
 さらにそのコメントの中では、勝手にわたしの人物像を自分の中で作り上げて、その偏見を元に、礼儀を弁えない人物と判断したから、わたしのそれまで書き込んだ二つのコメントも削除せざるを得ないとまで書かれていました。
 実際に会ったことも話したこともない赤の他人を、自分の意に染まないからと言って勝手に断じる。それこそ逆に失礼そのものではないかと感じたわたしは、即刻コメントを返すことにした。この時点で結構怒り心頭で、冷静になるのにはしばらく時間を要した程です。理由は後で述べます。

〇〇さん こんにちは。
 大変不快な思いをさせてしまったようですね。お詫びいたします。
 しかしながら、敢えて失礼な言い方をさせて頂きますが、小生を指して「自分の考えを押しつけるだけで、他人の話を聞く気がない」とレッテルを貼ること自体、ご自分の考えに囚われて他人の考えを受け入れようとしない何よりの証左ではないでしょうか。わたしは言葉は直接的できついかも知れませんが、他人の意見を撥ね除けてまで自己の主張を押し通したことなど一度もありません。他人の意見にはそれが感情的なものではなく傾聴に値するものならば黙ってお聞きします。実生活でもそれは同様です。
 そう判断される前に、拙ブログ4月26日付の最新記事の、後半部分を読まれた方が宜しいかと存じます。そこでこの事を論じていますので。その方が〇〇さんの齟齬がなくて済みます。冷静にお読みになってください。
 それから、反論を書くのもお止めになるのも、そして小生のコメントを削除なされるのも貴殿の自由です。しかし自分のお書きになられた記事には責任を持って下さい。それだけは申し上げておきたいと思います。
 よしなに。
by U3 (2020-04-26 15:43)

 感情的になった方が負けです。だからわたしは自分の抑えきれない感情を無理遣り押さえた。最初が肝心です。ここで感情をコントロール出来なければ最後まで論理的で理性を保った自分を取り戻せない。
 だが一筋の光明はあった。それはこの方があまりにも軽率で論破する箇所が限りなくあったからだ。この当該記事にはまったく説得力がないし、不正確な事実に基づいた憶測でものを言い、それが他の考え無しのブロガーに悪影響を与え害毒を流すのは明らかだ。それが一部の人の心情を踏みにじったということです。加えて人を蔑ろにする文章を安易に書いてしまったという落ち度です。
 たぶんこの記事はそれほどの論拠も確証もなく、自分が関心を抱いた外部の記事を転載して、それを元に思いつきで書いたのだろう。だから安易なのだ。自分なりの論理的でかつ独創的な考えがまったくない。掲載した外部記事を拠(よりどころ)にして自分の主張に箔をつけ正当化しようとしている。これは何としても正さなければならない。その思いがわたしをいつもの自分に立ち返らせた。
 わたしが事実と異なる言説と思ったのは、大した情報でもないのにそれをさもすべての問題の根源であるかのように針小棒大に論じ、そのことを以てPCR検査全体の信頼性を否定し、さらにその必要性に疑問を呈したことだ。具体的には、元記事の文面のみを信用しそれに何ら疑問も持たず、科学的あるいは論理的整合性もないままに、
『無症状者が検査を受ける必要性が低いと言わざるを得ない』
 と軽々に論じた箇所です。これほど当事者感のない実態を無視した論はありませんでした。これじゃ愉快犯のようにネット上を騒がす口舌の徒らと何ら変わりはない。これは捨て置けない。何故ならこの記述はCOVID−19に罹患して、一旦発症したら生存率の極めて低い『基礎疾患のある私たち』の存在をまったく無視した記述だったからです。
 だから敢えてわたしはこの方を批判したのです。
 この方はわたしのその勢いに押され負けてしまった。というより恐れをなしたのだろうと思うしかありません。どう考えてもわたしの主張に反論できないし、対抗するだけの論拠が見つからないから、他人に勝手にレッテルを貼りつけてそれを理由にして、わたしとの対話もしくは議論を拒否したのです。
 だから最初が肝心なのです。自分の意見を自分のブログに書くのは自由です。しかし同時にコメント欄を他のブロガーに解放しているのならば、それに対して様々な意見が寄せられるのは当たり前です。それを、自分の意見に反論されると途端にそれを拒否するか、相手の品格を貶めるような言動に出て、その人そのものを否定するという姿勢は如何なものかと思います。わたしは誰彼構わず噛みつく狂犬じゃありません。そう言ったバカも過去にもいたし今もいるけどね。
 わたしが一番許せないと思ったのは、この方がわたしを指して「自分の意見を押し通して他人の意見を聞かない人物」と勝手にレッテルを貼って、こうなったのはわたしが悪いからだと断じたことでしょう。そうした理由で反論を書くのも止めるし、わたしのコメントも削除するというこじつけとも呼べる対応は、あまりにも大人げないとは思わないのだろうか。というより愚かで無様な振る舞いだと思う。それこそ負け犬だ。
 何を書くのも自由です。何をしようと自由です。だが野方図な自由の代償はあまりにも大きいことを忘れてはならない。責任の伴わない自由などこの世のどこを探しても存在しない。言葉だって自分の思うまま好き勝手に言って良い訳ではない。言うのは自由だが、その言の葉の始末は自分でつけねばならない。人を侮れば自分も侮られる。人を傷つければ自分も痛い目に遭う。この世のすべての行いは因果応報の律から免れない。そのことはよく憶えておいた方が良いだろう。
 そうしてこの方の無責任かつ安易な言説はわたしを傷つけその瞋りを買った。
『無症状者が検査を受ける必要性が低いと言わざるを得ない』
 わたしの瞋りを買ったのはまさにこの言葉だった。
 無症状だろうが症状が疑われようが、できうる限りPCR検査を今まで以上に増やさなければならない。それは今や常識でありこの人災を一刻も早く終わらせる現在の最適解だ。それを『必要性が低いと言わざるを得ない』とは、どんな了見でそれを言っているのだ!
 科学的根拠もない思いつきの発想だけで書かれた言の葉。ネット上でそれなりの資料はあったのだろうが、自分に都合の良い記述だったからそれに飛びつき借用したまで。けして自分の考えではない。つまり付け焼き刃の何の掘り下げもないまま採用した記事。故にその言説に反する記事も併記していない。考え無しの遣ることだ。
 幾ら抗弁しようとも、そんなつもりで書いたのではないと言い訳しようとも、人を勝手に自分の思い込みで悪し様に言い、それを公にした以上は責任は取って貰おう。何しろあなたは自分の浅はかな言説で他人を不快にさせ、傷つけ怒らせてしまったのだ。
 お里が知れていると思った。普段であれば見過ごした記事かもしれなかった。だがこの『無症状者が検査を受ける必要性が低い云々』の一節が、基礎疾患があり一度発症すれば死からの生還率が極めて低い我が身には堪えた。あっという間に亡くなられる方もいる一方、実際にはその殆どは長い間死線を彷徨うのだ。やがて最新最先端の人工呼吸器を装着しても呼吸ができなくなり、敗血症を併発してやがて全身チアノーゼの様相(症状)を呈し、塗炭の苦しみを味わいながら為す術もなく死んでいく。そうして亡くなった方の口惜しさと苦しみがあなたには分かるか!
 なぜこのウイルス性の肺炎で亡くなられた方の多くが家族にも会えず密かに荼毘に付されるか知っているか。それはけして宿主の人間が死んでもこのウイルスの感染力が衰えないからではない。亡くなる前に殆どの方がチアノーゼになって、その手足や口唇の周りの皮膚が斑になって青紫色に変色するからだ。本当に凄惨無残な姿なのだ。これは正直遺族には見るに堪えない。
 岡江久美子さんの亡骸に大和田獏は会えたという。こんな言い方は大変不謹慎かもしれないが大和田獏は幸せ者だと思う。妻の美しい亡骸を最後に見られたのは幸運としか言いようがないからだ。多くの遺族はその遺骸さえ見ることが出来ない。チアノーゼ症状を呈して亡くなられた方の遺族はゆえに死に目にも会えないし死に顔を垣間見ることすら出来ないのだ。これでは亡くなった本人も家族も無念でならないだろう。
 だからわたしは声を大にして言う。これが軽々に論じられる内容か?!?!
 もしかしたらこうしたことを論じること自体、基礎疾患を持つ人たちや今現在罹病し発症し重篤化して、人工呼吸器に繋がれている人たちへの冒瀆かもしれないのだ。そんな現実を知りもしないで、このCOVIDー19に関してお気楽に(当人にその気がなくとも、わたしはそう受け取らざるを得ない)未発症者にPCR検査をする必要がないことを証明してみせるなどと、軽々に言説を弄してよい事柄なのだろうか。
 第一その内容は検査の精度と信頼性を、希少例を挙げてそれがさも検査の全体に及ぶ問題であるかのように言及誘導し、検査そのものの信頼性を揺るがすかのようなこじつけがましい屁理屈まで述べている。それにこの方の言っていることは検査キットやシステムの信頼性に問題があるかのように論じながら、指摘しているのは実は見る者が見れば分かるがヒューマンエラーをも含んだ問題とゴチャゴチャになっているという誤謬だらけだ。それも見抜けない見識しかないのに、それを大真面目に語っていることの陳腐さは一体何なのだろう。
 そしてこの方の一番の誤謬は、この元となっている情報もそこで問題になっている事例そのものも、すべて中国武漢のものであって、けして日本の問題ではないということだ。第一に中国と日本のPCR検査の精度は同じではない。そうであるのに中国で起きたことを安易に日本に置き換えこれは問題だと言っている。まずここで大きなボタンの掛け違いをしている。それにここで書かれているような、4度も検査をしてやっと陽性反応が出たという、中国のような事例は未だ日本国内では報告されていない。
 調べないでも分かるが、日本と中国とそして韓国の極東三国だけを見ても、名前は同じPCR検査でも検査キットも違えばその検査システムも異なっているはずだ。だから中国の事例を日本に置き換えることなど、必然性もなければ論理性すらないのだ。
 だからこの方が言説を弄しているというわたしの指摘は正しい。この方のしていることは言葉遊びだ。だとしたら新型コロナウイルスの話題にはもう触れるのは止した方がいい。日々このウイルスの危険に晒されている人々を愚弄しているし、ご当人にとっても恥の上塗りになるだけだ!
 もしこれを意図してやっているのだとしたら相当な食わせ物だし、真面目に語っているとしたら相当に的外れで愚かしい。まあどちらであろうがPCR検査の信頼性の問題も、このウイルスの問題そのものについても一切語る資格がないと、わたしは思っている。
 だから許せないと思った。
 だからわたしはコメントの末尾にこう書いたのだ。否、叫んだのかもしれない。
『一度、第三者の立場で論じるのではなく、切実な問題を抱えている当事者の身になって考えられることをお勧めします』

 原文を下記に再掲載します。

〇〇さん おはようございます。
 コメントにレスポンス頂きありがとうございます。
 別記事を後日お書きになられて根拠を示されるとのこと、了解しました。宜しければ記事をUPなされたら、拙ブログにその旨コメント頂ければと思います。
 ただ、これだけは申し上げます。
 わたしは一度発症したら重篤化しやすい基礎疾患を持つ身です。つまり、これはわたしにとっては議論や科学的論証の問題ではなく切迫した命の問題です。
 症例が増えて分かって来た事は、基礎疾患のある人は発症してからでは生存率が極めて低いということです。SARSなどのウイルスなどと異なり、自覚症状がないまま肺炎が進行し、自覚症状が現れた時には既に手遅れということがだんだん分かってきました。一旦発症すればほぼ間違いなく人工呼吸器に繋がれますが、人工呼吸器に繋がれた人の生還率は極めて低いとアメリカの現場の医師が報告しています。ですから基礎疾患を持つ者や癌の手術や治療で体力が極端に落ちている人は、発症前に検査をすることが必須です。
 と同時に、重篤化しやすい人たちに感染させないために8割の自覚症状のない人たちを早く見つけ出し、重篤化しやすい人たちと接触させない環境(隔離するということ)が必要なのです。だから「無症状者が検査を受ける必要性が低いと言わざるを得ない」などとは言わないで欲しい。
 この一言だけでも、〇〇さんにとってこのウイルス禍は他人事なのだなと思えてしまいます。
 検査体制が整わないとか医療崩壊を招くという理屈は政府の詭弁です。それを防ぐ方法は知恵を絞れば幾らでもあります。それを為さない現政権と関係省庁は、だから無能なのです。無策なのです。
 一度、第三者の立場で論じるのではなく、切実な問題を抱えている当事者の身になって考えられることをお勧めします。 
by U3 (2020-04-26 09:03)  

 わたしは正直、あまりの瞋(いか)りに震える指でキーボードを叩いていたのだよ。それで何度も何度も打ち間違え打ち直して、やっとの思いで冒頭のコメントを書いたのだ。本来こんなレッテルを貼られる筋合いはないのだ。心の内の激情を抑えた表現ではあるが、この方に謙虚で素直な心が少しでもあれば、この言の葉が心に響かないはずはないと思った! だがその思いはついぞ届かなかった。
 これは余談だ。
 何故わたしがこうもこの方の書いたことに、一見過剰とも思える反応を示したかといえば、そこに現代に生きる日本人の無意識下の悪意を感じるからだ。
 冒頭に書いた過去に小学校の教師に体罰を受け苛められた話など本来はしたくはなかった。しかしそれを敢えて書いたのは、そこに今回のCOVID−19の鍵を握る重要な日本人の特性があるからだ。だからわざわざ半世紀も前の、しかも本当は思い出したくもない忌まわしい出来事を敢えて書いたのだ。
 パチンコ屋の開店を待つ若者にテレビ局のスタッフが「外出自粛要請が出ていて、このパチンコ店に行かないでくれと、知事が言っているにもかかわらず、何故あなたはそれでもここに来るのか」という主旨で質問した。聞かれた若者は事も無げに「自己責任で俺は来てるんだよ。もし罹ったってそれは俺が納得してヤってんだからいいんじゃねえの? それに自粛要請だろ。関係ねーじゃん!」
 それとまったく同じだとは言わないが、前出の『無症状者が検査を受ける必要性が低いと言わざるを得ない』という主張には明らかに共通する一つの考え方が深層地下水脈のように絶え間なく流れているように思える。
 そうした映像を見て許しがたいと思いながらも、現実には見て見ぬ振りをしたり、遠くから「今は黙って見逃してやろう。だがあなた方のしたことを私はけして忘れない」などととほざいている輩も同様だ。それで自分は良識ある人間だと思っているのか。そう吹聴したいのか。そう思われたいのか。そんなことを言うヤツほどその時のことをケロッと忘れて、日々眼の前で起こるあらゆる非人間的な不条理からいつも目を瞑って遣り過ごすのだ。これが無意識の悪と言わずして何と呼べば良いのだ。
 たぶんこういう人たちは、自分が何か不条理な理由で徹底して貶められたり、途轍もない苛めに遭ったことがないか、遭ったとしても軽微だったか短期間だったか、いずれにしても心底その痛みを味わったことがない人たちなのだろう。もしかしたら苛めの対象が変わったことで難を逃れ、今度は自分が苛める側に回っていたかもしれない。もしくは徹頭徹尾知らぬ振りをしたり、そこから逃げ出して知らぬ存ぜぬを決め込んで、眼の前の惨禍に巻き込まれるのを回避した人々かもしれない。
 そうすると、どのように人は成長するのか。

 それは『他人の痛みが分からないまま育ってしまう』ということなのだ。

 ハッキリ言ってこれは悪だ。『悪』以外の何ものでもない。

 思うに、最後まで挫けず真っ正面から世の中の不条理に対峙し、そうした苛めや差別やネグレクトに耐え抜いて成長し、それ故に人の身体と心の痛みが分かる人間が一体幾人いるのだろう。
 第三者として客観的に物事も眺めることは必要だが、時と場合によっては当事者の身になって考えられなければけっして問題の本質は見えて来ない。経験からすればむしろそうした方が、正解を得たり問題の解決に至る時間は短くて済む。人々が対立するのは相手の身になって考える心の余裕が欠如しているからだ。相手の身になって考えられれば、たとえ考えの乖離があったとしても、相手への理解と歩み寄る心の余裕は醸成されるだろう。
 だが現代社会はそれとはまったく異なる方向に、知らず知らずのうちに進んでいる。何故ならそこには他人への思い遣りやいたわりの心が決定的に欠けているからだ。人の心の痛みを理解していないから何も分からない。一見して理解しているように見えても,それは表面的でしかないから、何の痛痒も感じなければ罪悪感すらもない。ハッキリ言ってバカなのだ。だから軽々に言の葉を弄する。それがいずれ自分の身に返ってくるとも知らずに。
 自分が何から何まで正しいなどと言うつもりはない。時として思い込みが強すぎるのも重々承知している。だが、もしわたしの主張がまったく的外れで、そのことによって他人を深く傷つけてしまったとしたら謝罪もしよう。そして人をいつまで責めたり人に怒りをぶつけたりもしないことをこの場で約束し誓いもしよう。元々遺恨は残さない質だからね。だがその一方で、自分が間違っていると知っていながら、素直に謝る心を持たない者を、わたしは許しはしない。たぶんわたしの瞋りが収まり、心が静まるまで多くの時間を要するだろう。
 反論したいなら言うがいい。わたしの瞋りを受けとめられる覚悟があるならば!

 閑話休題。

 わたしはここに宣言する。
 不特定多数の人が見るものである以上書かれた内容には責任を持つべきだ。わたしが批判したことが図星であったかどうかは分からない。だが、このコメントを見る限り当たらずといえども遠からずであろう。
 実体も知らずに相手に勝手にレッテルを貼る行為は、明確に誹謗中傷の類いだ。心からの反省を求めたい。
 わたしを論破できないと分かって、言うに事欠いて相手の人格を貶めるような難癖をつけてフェードアウトしようなどとは本当に情けない限りだと思う。ブログタイトルには「駄〇オヤジの云々」とあるが、遣っていることは自分の過ちを隠匿しようなどと相当に女々しい。堂々としたところがない。人を誹謗中傷してから尻尾を巻いて隠れるこの遣り口は、イタチの最後っ屁みたいなものだろうか?
 まるで新興宗教か僧侶の法名のような二文字のブロガー名と、お〇蔵さんのアイコンは伊達ですか、まやかしですか? それともあなた単なる〇〇ですか!

 以上!(ちょっと書いているうちに無性に腹が立って来ました。反省反省!!!)

☆♡☆♡☆♡☆♡☆♡☆♡☆♡☆♡☆♡☆♡☆♡☆♡☆♡☆♡☆♡☆♡☆♡☆♡☆♡☆

 次回は、一足飛びに未来に飛んで、『COVID-19を制圧、もしくはこの災厄と折り合いをつけ克服した後の世界』が、どんなものかについて私見を披露したい。(2020/05/02 8:30訂正 上記COVID-19克服後の世界については5月10日以降の記事アップに訂正させて頂きます)
 まあ根拠などなく『風が吹けば桶屋が儲かる』的なお気楽な与太話だ。だがわたしの性格からして書く以上はいい加減には書かないし、それなりの論拠を示して皆に楽しんで頂こうという趣向である。それが当たるかどうかは分からない。
 だが、まさに『ステイホーム』下のゴールデンウィークの真っ最中。
 でもそれに間に合わなくてもいいよね。
 だって緊急事態宣言の解除は、安倍政権と日本政府が無能だから5月7日にはたぶん宣言されないし、従って長期戦になるのは確実だから。
 だから未来の予測という話題提供はこの長期戦の暇つぶしには打って付けだろう。
 でもこれ以上『ステイホーム』が長引いたら今の日本は確実に滅びるね。
 まあ新しい日本を見るのも一興だからそれも良いかもしれない。
 だが恐らくわたしはその日を迎えることはないのかも知れない。
 それでもあえて預言しておきます!

 最近オシッコをちびりそうになるほど外出するのが恐いU3からの報告でした。


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hirometai

U3様
人は一人では生きてゆけない!
お互いに支え合わねば。
コロナに対して色々なことが出てきて起きてきますが、たった一つしかない命をみんなで守らねば。
岡江さん好きな役者さんでした。
by hirometai (2020-04-28 20:15) 

やおかずみ

ご訪問・コメントありがとうございました。
by やおかずみ (2020-04-29 09:43) 

八犬伝

小学生は、教師は選べませんからね
恐ろしい事ですね。

仰るように、検査数が少ないのが
我が国が、ずるずるとこの困難を長引かせ
光さえ見えない状況を作り出しているのだと思います。
by 八犬伝 (2020-04-29 10:04) 

ニッキー

「人は一人では生きていけない!」
おっしゃる通り何もなくてもいろんな人とつながって
支えあって生きてますもんねぇ^^
「人とのつながりを大事にしないと」と
再認識してます。


by ニッキー (2020-04-29 10:22) 

Asterionella

コロナウィルスとの戦いが持久戦になるのはその通りですね。
次回も楽しみにしています。

by Asterionella (2020-04-29 10:25) 

tarou

お早うございます、築地本願寺にコメントを
有難うございました。
築地に有って、広い駐車場を持ち有名人の葬儀が
出来るお寺さんですね。

だんだん未知のウイルスの姿が分かって来ました、
力を合わせて早く終息させたいものです。

by tarou (2020-04-30 07:22) 

U3

☆hirometaiさん おはようございます。
お互い支え合わねばなのですが、今は手を繋ぐことも叶わず辛い毎日です。
by U3 (2020-04-30 07:49) 

U3

☆やおかずみさん おはようございます。
 うちの方ではニュースでもやってましたけどチューリップがすべて刈り取られていました。
 悲しいです。
by U3 (2020-04-30 08:03) 

U3

☆八犬伝さん おはようございます。
徐々にあちらこちらでPCR検査が出来るようになりましたね。でも未だに検査難民は減りません。
一時的に感染者数は減るでしょうがたぶんGWが明ければ第二波が来ます。
by U3 (2020-04-30 08:35) 

U3

☆ニッキーさん おはようございます。
ザイタクのカラクリ頭の中にインプットしましたよ〜。
「こんな時にダイキギョーってそんなんで体裁繕うのかよ〜」って感じですね。
牛しゃぶ肉オイシソうですが我が家では我慢です!
by U3 (2020-04-30 08:53) 

U3

Asterionellaさん おはようございます。
 貴ブログの冷静で正確な分析と納得のコメント、いつも拝読しております。
 目先の緊急事態宣言の解除の判断すら未だ明確に示せない安倍政権と専門家会議のお歴々。。。
 いやはや、もしかして「船頭多くして船山に上る」状態なんでしょうか。それとも表目虚勢を張る一方で、実は極度の臆病者の安倍晋三という男に判断力がなく決断する勇気も欠如しているからでしょうか。
 無能者集団に日本の舵取りをさせる恐怖をわたしは日々感じています。これでは緊急事態宣言の解除判断どころか、来年になるか再来年になるかは分かりませんが、COVID−19克服後のビジョン(出口政策)なんて到底想定していないのでしょうね。一寸先も見えない人たちばかりですから。
 貴殿の仰る「席を譲るべきです」は専門家会議メンバーだけでなく、「安倍政権にも当て嵌まります」ね。何しろ自分たちの手には負えないのですから。
by U3 (2020-04-30 09:52) 

U3

tarouさん おはようございます。
 駅前の寅さん像懐かしかったです。さくらの像も見たかった!
by U3 (2020-04-30 10:02) 

U3

2020/04/30 10:54
ちょっと熱っぽいので午前中は休みます。
午後体調が戻れば皆さまのところにお邪魔する予定。
戻らなければそのまま撃沈(o゚∀゚o)
因みにもう11日間お外には出ていませんよ。
外出時のマスク、メガネ、手袋着用は遵守。帰宅後のアルコール消毒、イソジンでのうがい、石鹸での手洗い励行中。(^0^))☆爆笑☆((^Q^)v
心配ご無用。でも、しばしお別れ(ToT)/~~~
by U3 (2020-04-30 10:55) 

ぱだおくん

いろいろご訪問してくださりありがとうございます(^^♪

確かに人込みは恐ろしいですよね。
ひたすら外出自粛モードです(+_+)
by ぱだおくん (2020-04-30 16:34) 

U3

☆ぱだおくんさん こんばんは。
 最後のダーウィンが来た!に食い入るように見入る2nyansの後ろ姿かわゆいです♡
 わたくしめ、最近外出すると帰宅後手洗いうがいをした後、時間を置かず必ずシャワーを浴びるか風呂に入ります。そうして全身さっぱりしないと落ち着けません。もう神経症気味!(o゚∀゚o)
 という訳で明日は妻の食料買い出しにお付き合い。何と11日ぶりの外出です。感染したら即重篤化しちゃう基礎疾患持ちなので、もう決死の覚悟での外出になります。
by U3 (2020-04-30 22:17) 

風の友

頑張ってますね!
影ながら応援してます!

by 風の友 (2020-04-30 23:56) 

U3

風の友さん こんばんは。
大覚寺の風景楽しませて頂きました。ありがとうございます。
体調不良から復活しました。今後ともよろしくです。
by U3 (2020-05-01 20:36) 

U3

<みなさまへ>
 最後まで読んで頂きたいと思い、次回の記事更新から1話を短くして毎日更新することにしました。もう原稿はすべて投稿予約済です。
 次回は明日5月2日(土)の17:00更新です。それから8日間連続で17:00記事更新予定で、5月9日(土)まで更新します。
 納得の説明と流麗であ格調ある文体(FONT加代)、そして所々風刺まで効いて、おかつ皆にとっても辛辣だったりしますが、読み物としては我ながら結構面白いと思います。乞うご期待です。
 では明日から毎日17:00PMにこのブログでお会いしましょう♡
by U3 (2020-05-01 20:49) 

kyon

コロナはある意味人災だと思います。もっと早く防ぐことができたはず。アベノマスクにはがっかりです^^;
by kyon (2020-05-02 02:25) 

tarou

U3さん お早うございます
柴又帝釈天にコメントを頂き有難うございました。
お参りした後、この時は川甚の鰻を食べて矢切の渡しまで
歩いて見ましたが、土手で昼寝したくなりました、
ノンビリ良いところですね(^^)v
by tarou (2020-05-02 07:32) 

U3

kyonさん おはようございます。
哲学の道の桜きれいでした。
by U3 (2020-05-02 08:43) 

U3

tarouさん おはようございます。
帝釈天の彫刻も素晴らしいですが、川甚の鰻も美味しいけど、、、
新記事の成田山新勝寺もやはり鰻でしょう。(*´∀`*)
by U3 (2020-05-02 08:46) 

なかちゃん

ご無沙汰しちゃいました ^^
と~~っても忙しくてしばらくブログから離れている間に、いろいろあったんですね。
その相手の書いてることを、是非直接読んでみたかったです(^^;
ま、他人の意見を聞かない奴の言い分なんてそんなものですね。ボクもだけどヾ(・ε・。)ォィォィ
それにしてもその小学校の担任の話は酷いですね。たとえ何十年が経ったとしても絶対に許せるものではないです。
ボクだったら絶対に仕返ししちゃうと思います(^^)

by なかちゃん (2020-05-02 12:03) 

U3

なかちゃんさん こんにちは。
お久し振り。忙しき事は良きこと哉。
実はこの小学生の時の体験を題材に400字詰め原稿用紙換算で600枚の長編小説書いたことあります。
どこの文学賞も取れなかったけど。(^0^))☆爆笑☆((^Q^)v
by U3 (2020-05-02 13:30) 

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