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2023年元日の検見川浜と幕張海岸を写す⑨ [心象風景]

<2023/01/15 12:06 追記の追記の追記の追記の追記(つまり冒頭の9行を4回修正したという事)>
 
いきなりですが、一年近く親しんで来たタイトル画像『安曇野市内から見た早春の常念山脈』を、
 
千葉市美浜大橋袂から見た鴎のオブジェと残照に映える富士のシルエットに差し替えました。
 
デザイン・テンプレートの変更も含めてあれこれ試してみたけれど、これで当分差し替えなし。
 
HTML編集は素人だけど、ハンドルネームが『暇人』なので、チョチョッとネットで勉強して、
 
タイトルフォントの色やサイズの他、シャドウ(フォントの影)の色とか配置など設定してみた。
 
特に、どうしても平板に見えて、以前からもう少しどうにかならないかと考えていたタイトルの
 
文字とその説明文に、影と、影の配置と、影らしく見える色番を設定できたのは何よりも嬉しい。
 
タイトルと説明文だけではなく、サイドバーや本文などにもあるかなしかの影を設定してみたが
 
これで少しは立体的に見えるだろうか? それとも見づらい? ( ̄∇ ̄)所詮ジコマンゾクデシカナイ!!!
 

帰り道.jpg

<幕張に来てクアハウスの手前でのワンショット>

幹線道路である海浜大通りを隔てた海側を写したものです。

花見川に掛かる美浜大橋を渡りきり、帰途に就いた直後の光景でした。

毛糸の帽子を被った女子だろうか。

ママチャリに乗ってここまで来たようだ。

スマホで富士の夕景を撮って、それをいま確認している、というような風情だった。

このママチャリ女子と、私を隔てている海浜大通りは交通量が多く車がひっきりなしに通る。

これはその車列の切れ目を見計らって、ここぞと思った瞬間に撮った、1枚の写真。

一日の終わりとしては印象深い黄昏だった。(昔は日没がその日の終わりだったそうです)

 


これで1月3日から始まった9回に亘る海の情景と心象風景シリーズはすべてお終いです。

全部で132枚撮って、掲載したのは僅か9枚。(②で追加した写真は日付違いでカウントせず)

掲載した写真以外にも目に焼き付く情景は数々あれど今さらそれを載せようとは思わない。

この一連の写真以外にも見せたい写真はあれど、一度決めた以上新たに掲載する気は更々ない

 

こう決めた背景には、一昨年の9月から昨年3月末迄関わっていた あの一件の存在がある。

この一件を改めて整理し、それに決着をつけようと昨年10月27日に拙ブログを再開して以降、

私は言葉足らずでそれでいて言葉過剰で、その目的を果たせずモチベーションすら保てなかった。

未だ心残りではあるが致し方無し。このシリーズの最終回である今回で終わりにしようと考えた。

そんなに暇でもないし。←・・・言い訳です(@^▽^@)

 

正直に言えば、昨年2月のあのような『似非似非ブログ注1)による不公正で不公平な介入と、

それによって記事の削除を余儀なくされた不本意な終え方は、到底容認できるものではなかった。

それは運営の介入がない今回の終え方も似たり寄ったりで、同様な感慨と悔恨を懐いている。

そのような心境だからこそ、そして何一つ良い方向に向かわなかったからこそ、

私は未だにこの似非似非ブログを取り巻く現状を肯定できないでいる。

注1)似非は「えせ」と読む。この場合は粗悪でつまらないという意味。2つ続けて当ブログの正式名称に掛けた。

 

結局のところ、あの一件で誰一人過去の清算をしていないことと、

注意喚起と警鐘を鳴らしたにも拘わらず、実質的に問題が何一つ解決していないことが、

今日まで私を似非似非ブログに踏み止まらせているのかも知れない。・・・辛うじて。

 

ここまで読んで、「あ、また始まった」、なんて言ったり、思ったりしないでほしい

私は、奴らが印象操作をして、一部のブロガーがそれを信じたような攻撃的人間ではないし、

正義一辺倒の硬直的考えさえ持ってはいない。恐らくは皆様より遙かに柔軟性と多様性があり、

しかも困った人があればそれを座視することなくけして見放さず、常に社会に目を向けている

問題意識を持った人間です。つまり過半の人たちのように問題から目を背けたりはしないのです。

 

だからこそ問題の本質を見極めることが出来るという自負がある。問題があれば放置はしない。

それでも柔軟性はあるから、限定的であくまでも個人的な事柄なら、大概の事は許せるけれど、

肝要なところはけして譲らないし、問題を起こした者もそれを座視する社会も赦すことはない。

 

だからこそ、この件で他人に嘘をついたり、陥れようとする人間は許せないと思っている。

糅てて加えて、詐欺紛いの行為をして迄、不正に利得を求めようとする人間は更に許し難い。

そればかりでなく、運営会社としての似非似非ブログの当事者感の無さと責任回避、あるいは

説明責任を果たさない無責任な態度と、不公正な対応と不平等裁定に正当性はないと断じよう。

 

更に言えば、著作権侵害についてはGAFAでさえもこの問題を座視したのにはがっかりした。

だから私はそれを白日の下に晒し皆の審判を仰ごうとした。・・・まあ今回も失敗したけれどね。

 

本心では、心底メンドイし皆から嫌われるのが分かっていたから、真相など話したくなかった。

だがしかし、私がそれを遣らないと、誰もそれ(不正を糺すこと)をしないだろうと思った。

だから私は敢えてそうした。(まあ、良い結果は初めに危惧した通り得られなかったけど)でも、

だからこそ事実の積み重ねの上に浮かび上がってきた真実を、昨年皆さまにお伝え出来たのです。

 

皆さんがこの一件の経過と、事実と、そこから導き出された真実を知ることは大切なことです。

私がそう思うのは、犯罪防止の観点から知る必要があるだろうという理由もありますが、

知らないことを知らないままで済ませる風潮こそが、諸悪の根源だという考えに基づいています。

そのことに早く気づいて欲しいと願い、改めてこの一件について書こうと考えました。

そうして真相を知った上で、それぞれがスタンスを明確にすることが必要だろうと思っています。

 

改めて書く以上、関わった者が以前に一体何をしたのかを、記事の性質上書かざるを得ないが、

彼ら自体をどう思うかは私個人の問題で、それをブログなどという場で語ろうとは思わない。

しかし事実を書かなければ、誰一人この問題の本質に気づかないと思うから敢えて書きます。

当然ですが私に怒りはあれど遺恨はないので、記事を通してそれを晴らそうとは思っていません。

居直り、偽善、策謀、嗜虐指向、逆恨み、怨念等『負の感情専門家』の彼らではないのですから。

 

という理由で、私の基本的な姿勢としては、『罪を憎んで人を憎まず』の心境ですが、

罪とそれを犯した人物は一体ですから、神でも仏でもない私がそれを分離して話すことは不可能。

しかしそれをあからさまにすることは、法律上の制約が多いのもまた事実。

ですが彼らと違い、当然ながら私はそのことを重々承知しています。以前も今もね。

 

どこぞのバカが「これは名誉毀損に当たります」などとほざいて裁判をちらつかせていましたが、

そして私が看破した通りその稚拙とも言える脅迫紛いの遠吠えは不発に終わりましたが、

私は奴らと違ってすべてを知った上で以前の記事も最終回のこの記事も書いている。

私は用意周到です。ですから名誉毀損罪と侮辱罪も含めて関連法規の判例集なども一通り読み、

警察や弁護士にも相談をした上で、あの一連の記事を書いたのです。

つまり私は遣ることは迅速ですが、けして拙速ではありません。

遣る以上は徹底的に調べ上げ、その上で実行に移したのです。

 

皆さんは私が間髪入れずに反論しているのを見て、そして内容が時に過激なのを見て、

私が感情に任せて行動を起こしたのではないかと勘違いされているのかも知れませんが、

実は法的なものも踏まえて今後どうなるかの予測までして書いています。

相手の出方によって、どう出るかの選択肢はいつも複数以上用意していました。

 

だから、運営が記事の削除を求めてきた時は、それを強制できないことを知っていました。

逆に私の方から、削除を求める根拠を示すよう求めたが、結局のところそれに対する回答はなし。

何度も言いましょう。

記事の削除を求める法的根拠も、規約違反の内容も、似非ブロは何一つ私に示せなかったのです。

それでも似非ブロは、私から反論の有る無しに拘わらず運営の指定する一定の期間を経過すれば、

強制的に記事を削除すると通知して来た。紛争の解決に似非ブロは関わらないとまで言ってね。

つまり最初から削除という結論ありきで、反論も受け付けないし聞く耳も持っていなかった。


そういう不誠実な対応ならば、自分で『下書き』に戻した方が遙かにマシだと判断しました。

だから自分の意思で記事の公開を止めたのです。

stop-iiwake注2)が苦しい言い訳をして、自主的な判断により削除すると自己を正当化したが、

実情は似非ブロやG〇▢gle A〇〇enseの指示と指導に従って、虚偽に塗れたコロナ関連9記事と、

その後も追加で金儲けの種である38もの記事を泣く泣く削除したのとは雲泥の差がある訳です。

 

つまりこの者は、違法行為があったから、似非ブロやG〇▢gle A〇〇enseから指導を受けたのです。

一方、私の記事には違法性はない。※固有のブロガーのHN等を明示する事は違法ではありません。

しかし似非ブロは「これ以上混乱を広げたくない」という思惑で私の記事を削除すると判断した。

私の書いた記事の、一体どこに違法性や規約違反があるのか、それに答えることもせずにね。

 

だから私は怒った訳です。

こんな誤った、しかも不公正な処置が許されるだろうか。それも有無を言わせぬ内容である。

だとしたら対抗措置を取るしかない。それが削除ではなく『下書き』に戻すという決断だった。

つまり、私が記事を非公開にしますと宣言したのは、違法行為をしたからではありません。

 

似非ブロは私が記事を下書きに戻したあとも、執拗に記事そのものの削除を「推奨」してきたが、

私はその要求に一切応じなかった。それは法に準拠した理由があるのだから当然であろう。

私の記事に違法性はなく、しかも記事自体の著作権は私に厳然と帰属するのだから、

他の誰であろうとも、どの様な理由があろうとも、記事の削除を強制することは出来ない。

 

私が思うに、似非ブロはただただ火種が大きくなるのを恐れていただけです。

しかも公正な判断などしないのです。このままでは似非似非ブログ自体が炎上しかねない。

そう思ったから、内容の如何に関わらず、正論居士の私という『問題児』を処分したかったのだ。

つまり奴らと目的は同じだったのだ。

記事さえ見えなくしてしまえば騒動は収まると、安易に考えていたと断じるしかない。

 

一方私は、非公開にすることは了解したが、証拠は消してしまっては元も子もないと考えていた。

『いざ』という時に備えて、保持しておくべきだろうと考えたのだ。・・・だから

拙ブログの記事の他にも、「改変できない状態で保持している証拠」も未だ所持しています。

それが正しさを証明する根拠になるものならば尚更です。私は先の先まで読んでいたのです。

これが昨年2月末時点の、事の顛末であり真相です。

 

この最終回では、過去を教訓として一部オブラートには包むけれど、事実と真実と真相だけは、

二度とこの様なことが起こらないようにという願いを込めて、拙ブログと少なからぬ縁あって、

こうして訪れて頂いた皆様には、改めてその真実と私の心情とを、語る必要があると思いました。

またそれこそが、この問題を最初に提起した本人である私の責務であろうと考えています。

 

という訳で、これがこの件の最後になります。

ですから皆さんも、いつものように、メンドイからとスルーしたり目や耳を塞いだりしないでね。

 

お願いします。

 

初めに、皆さんがこの一件の真実と経過を知ることは、とても大切だ申し上げました。

今後もこのブログを安心して楽しむためには避けて通れない道だとも思っています。

皆さんが似非似非ブログ内のトラブルや諍いを避けて通りたい気持ちは重々承知しています。

しかし見て見ぬ振りをしてそうするのと、事実や真実を知ってそうするのとでは、

結果は大きく異なってくるものと思われます。

 

他人との付き合いは節度を保ってすべし。法に則って行動すべき。そう思いませんか?

他人を自分の利得のために、騙してでも利用とする人間がいたら、それをあなたは許せますか?

それを運営会社に訴えたら、結局何もしてくれないどころか不公正な処置を講じられたとしたら、

あなたなら、それであきらめますか? 私にはそれができなかった。

なぜなら、一部の人間(複数です)が違法行為をして、それを運営が把握していたにも拘わらず

なぜかお咎めなしで、私だけが法律を犯していないにも拘わらず制裁を受けたからです。

 

糅てて加えて、その後も彼らは社会から何一つ裁きを受けていないし、本来であれば・・・

公平公正な立場にあるべき似非ブロも、終始一貫運営者の取るべき態度ではなかったし、

第一に全てがすべて不公平で、かつ不公正であり、正しい裁定ではなかったからです。

法を犯した者が裁かれず、法を遵守したものが制裁されて爪弾きにされる。

似非ブロが、ブログ会員のステータスや、情実に左右されて判断を歪めてしまう!

いったいそうした一連の行為のどこに正義はあるのだろうか?・・・!

 

しかし今の情況があるのは、何も似非ブロに限ったことでなく、皆にも一因はあるのです。

これは、確実に誰も望まない未来に繋がっているから、私はそれを危惧し懸念を懐いています。

それは、見方を変えれば皆さんがこの一件で大切なものを見失い、理性よりも感情を優先させ、

知らず識らずの内に負の感情に囚われ、肝心なものを置き忘れてしまった結果だとも言えます。

 

そしてその点こそが、最終的に、この一件で私がもっとも皆さまに訴えたいことになりました。

 

明確に今の状況を私の言葉で語りましょう。

あの時に法を犯したり共謀して策謀を巡らし、私を追い落とそうと画策した者らは、

今も何食わぬ顔で、似非似非ブログの庇護の元、平然と(時には違法な)記事を更新している。

過半の日和見主義者への啓発は不発に終わり、結局のところ今回も暖簾に腕押し、糠に釘でした。

ブログ一時休止後も再開後も、時が経てば少しは良い方向に変わるかと一縷の望みを託したが、

結局のところ表向き何ひとつ変わることはなかった。むしろ後退した感さえありました。

人の意識が変わるのは、あるいは変えるのは、無理かも知れぬと己の力の無さを痛感しました。

 

でも収穫もありました。どの人と付き合うべきか、そうでないかがこの一件で明確になったから。

たぶん私の他にも、そう思った方は少なからずいるものと思われます。

事実を知った上でのそれぞれの判断であれば、私からは何も言うことはありません。

肝心なのは、自分の頭で考え、判断し、決断を下し、それを現実の行動に移すことです。

それが出来てこそ、初めて大人の行動が出来るというもの。

 

しかし過半の人間は齢を重ねることは出来ても、なかなか大人になれない生き物のようです。

欠点や過ちを指摘されると、すぐに憤慨したり、逆恨みまですることでもそれがよく分かります。

 

野生動物なら己の行動を顧みて、次の災難に備えないと命を容易に落としてしまいますが、

人間は、殊に日本人は、例えばロシアによるウクライナ軍事侵攻などでも、

所詮余所の国で起こっていることで他人事でしかないし、そもそも他人の痛みが分からないから、

実感も切実感もリアリティーさえもないのです。

 

皆さんの無意識に潜む陥穽を、皆さんの反感を承知で、忌憚なくお話ししましょう。

旧統一教会つまり世界平和統一家庭連合の問題を、当初皆さんは興味を持って眺めていました。

しかし、それはあくまでも関心を保っている間だけのこと。継続した問題意識を持てないのです。

最初から興味本位でしか物ごとを見ない人々さえいます。自分には関係ないことだとね。

 

当然マスコミもそれを察知して、常に視聴者が興味を示すことしか取り上げないし報道しない。

そうした現状を見るにつけ、日本人は本当に喉元過ぎれば熱さ忘れる民族なのだなと思う訳です。

 

糅てて加えて、問題事や厄介事を忌避する傾向が極めて強い。平気で見てみない振りをする。

だからいざその問題に自分自身が直面した時に、何一つ有効な手が打てず唯オロオロするばかり。

 

それもこれも世の中の出来事を自分自身に当て嵌めて考えるという習慣を身につけていないから。

問題意識を持つという『問題意識』すら、持ち合わせてはいないのです。

英国人である友人は、日本人は何でそんなに「オメデタイの?」と、メールを送って来ました。

私はそれに対して、「日本人は平和呆けした子どもなんですよ!」と返すしかありませんでした。

 

つまり・・・ロシアによるウクライナ軍事侵攻、中国の力による現状変更の試み、

北朝鮮の度重なるミサイル発射、安全保障と防衛費、少子高齢化問題、財政破綻の危機などなど。

皆がみな同根なのですよ。

知らないことを知らないままで済ませてしまうのは、日本人の性(さが)なのでしょうか?

このように継続して問題意識を保持できないのが、平和呆けした日本人に共通する陥穽なのです。

陥穽:『かんせい』と読む。意味は「落し穴」。

 

だから最初は興味本位で見ても、今では見向きもしない。

それより物価高や新型コロナウイルスの感染状況や身近な問題、あるいは話題にしか興味がない。

実際のところ、それがたとえ身近な出来事であろうと、遠い国で起こっている事であろうと、

それが自分に関係ないと受け取れば、皆にとってはあくまでも他人事、対岸の火事に過ぎません。

人によっては、お昼の雑談の話題程度の認識しかないし、所詮人事で余所の国のお話ですから。

だから何事にも無関心で、関心があっても一過性で終わってしまうのです。余りにも刹那的です。

 

しかし現実に自分が当事者になると、すぐにパニクって、見当違いな行動に出てしまうのです。

ものを深く考える習慣がないから、適切な判断が出来ず、情動的で衝動的な行動に出てしまう。

人間とは、所詮そういうものだと、私は達観せざるを得ません。達観を諦観に置き換えても良い。

 

人は図星を指されたり、本音のところに単刀直入に切り込まれるとはじめは狼狽えるものらしい。

しかしその後の反応は人それぞれで、一つとして同じものはないように思われる。

しかも揃いも揃って、正解とは程遠い行動に出るという、オチまで付いている。

現実には、その者のその後の対応如何で、その者の性根や時には品性まで白日の下に晒される。

晒されることによって他人の目が変わり、同時に自分の生き方さえ、変えなければならなくなる。

そんなことすら分からずに、負の感情に任せて、ただひたすらに足掻くのだ。

でもそれも自業自得。それまでの生き方が間違っていたのだから・・・。

 

これを『因果応報』という。

 

真実が暴かれた後の反応を見るとそれがよく分かる。

傷口がこれ以上広がらない様に、嵐が去るまでじっとしている者もいれば、

反発を覚えて、理性を取り戻すことなく、愚かにも感情のままに反撃に出る者もいる。

策謀を散々巡らした上で最後は居直る者さえ出る始末。・・・大概はこのいずれかに当て嵌まる。

事ほど左様に言動は十人十色だが、大体この3つのパターンかその混合型に収まるようだ。

 

と、そのように私を前にして、彼らが沈黙したり逆に足掻いたりするのも宜なるかな。

私の言動は直截的で時に過激で、婉曲な言い回しなど一切しないから、反応せざるを得ないのだ。

しかし結局のところ、私に沈黙でも議論でも勝てる訳がない。正義はこちらにあるのだから。

だから、正面切って私と対峙出来ないので、裏に回ってコソコソ蠢くしかしかなかったようだ。

だから、影で暗躍したり、嘘で私を遣り込めようとしたり、同情を託って仲間集めに奔走した。

 

一昨年末から昨年の2月下旬までのゴタゴタは、そういう経過を辿った結果でしかない。

しかし結果とは言っても、それはけして結末ではない。

現実には事が終結した訳ではなく「単なる途中経過」でしかない。つまり結論は未だ出ていない。

 

しかし決着がつかないのは、何もこれだけではない。

私が相手をしているのは、欺瞞と虚偽に塗れたこれらの者だけではないからだ。


私が何(誰)に怒って居るかは、疚しいことを抱える者でなくても、薄々気づいていると思う。

事勿れ主義、座視する風潮、自分だけが良ければ他はどうでもいいと思う皆が醸し出す空気。

そういう人達と、世の中の風潮と、私は今対峙している。戦っている。

『他人がどうあろうが知ったことではない』、『人が見ていないなら何をしてもいい』

私に言わせれば、こうした誰でも陥りがちな負の精神構造こそが、諸悪の根源だと思っている。

 

イジメも、ネグレクトも、学校や職場や家庭での暴力も近隣でのトラブルやネット上の諍いや

或いは国際紛争さえも、それこそありとあらゆるトラブルや諍いが殊更にエスカレートするのは、

周りにいる者やそれを目撃した者が、結局のところ見て見ぬ振りをするからだという結論になる。

現実から逃げては駄目なんだ!・・・そう私は思います。

 

他人のトラブルを目撃すると、人はまず自分に害が及ばないように忌避行動に出るものだ。

私はそれが悪いとは言わない。しかしそこで終わってはイケないと思う。

見て見ぬ振りしたり、座視してスルー。そんな傍観者のままでいいの?

いつまでそうしている積もり?・・・敢えて私は皆にそう問いたい。

 

『義を見てせざるは勇無きなり』

 

『為せば成る 為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の 為さぬなりけり』

 

この一件では、私が挙げた人物の偽善的態度の影に潜んだ落し穴や、欺瞞行為や詐欺的行為や、

その他諸々の違法行為を、けっして見過ごしてはいけないと再三再四警鐘を鳴らしました。

時には(と言うよりいつもだが)直截的かつ率直に事実を伝え、考えを改めるよう促しました。

しかし、人々の見て見ぬ振り、我関せず、座視を平然とするその『未必の故意』的態度と、

自分の身の廻り以外には関心を示さないその有り様は何一つ変わらなかった。

それを見た私には、過半の物言わぬ人々に救いがないように思えた。・・・それって馬耳東風?

 

私の発言や啓発に対して、腫れ物に触るかのような扱いもあった。他にもこんな反応もあった。

「又か」、「ウザい!」、「コイツいいかげん居なくなってくれないかな」なんてね。

これらは明らかに負の感情だけど、たぶん私に対する感情としては大方当たっているよね。

でもそこに垣間見える諸々の人々が醸し出す悪感情や、自分は関わりたくないという忌避行動が、

この世を覆う見て見ぬ振りする風潮を、一層助長していたのに気づいていますか?

 

偽善者や詐欺師紛いのバカどもが、寄って集って誰か一人に濡れ衣を着せるのを見ても、

「ざまあ見ろ」と内心で思ってか、見て見ぬ振りをする烏合の衆に私は無意識の悪意すら感じた。

反感を覚えたり反発した者だけでなく、それを傍観して何もしない人々にもね。

 

ところで前出の未必の故意って知ってる? 

法律用語でもあるけれど、この場合は無意識の中に潜む邪心または悪意って感じかな。

もっと分かりやすく言えば、悪い結果を生むと分かっていながら、そうなっても良いという考え。

結局のところ素知らぬ振りをして、本来なら人として捨てて置けない事態を看過することだ。

SNSでの侮辱的且つ差別的発言に『いいね』を押して罰せられるのは、この未必の故意ゆえだ。

 

自分に害が及ばないなら抛っておこう、所詮他人事だし、てな誰でも持っている負の感情!

他人の災難や不幸を、口では同情を示し、寄り添う姿勢を見せても、内心ではほくそ笑んでいる。

表目は飾り立てながら一皮剥けば人面獣心、ハッキリ言って醜い。人として稚拙だともいえる。

 

しかし、何もしない、出来ない臆病な日和見主義者はまだマシだ。

いつも困難や揉め事から距離を置いて、そうして自分は安全圏にいながら、

ご大層でご尤もなご高説を垂れる似非(エセ)なる善人。つまり偽善者が一番始末に負えない!

 

または、無責任な傍観者で、ただただ世間体と自分の事だけが気がかりで、

周りがどう動くかだけに汲々とし、自分の意思というものを持たない人々もいる。

寄らば大樹の陰とばかりに、事の善悪を判断する事なく大勢に付く愚か者だといえよう。

でも一番良くないのは、その場に乗じて、自分たちの利得のために策謀を巡らす連中の存在だ。

 

そうした諸々が、世の中をなお一層悪くしている。そう思うのが私だけなら日本は心底救い難い。

 

もう一度本音を言おうか。というよりいつも本音だけど( ̄∇ ̄)

こんな私だって皆と仲良く楽しく遣りたいさ。好き好んで波風立てたり逆恨みされたくはない。

でも自分に限らず、他の誰でも、理不尽な目に遭ったり、騙されているのを見掛ければ、

それを到底見捨てては置けない性分なんだ。義憤、あるいは公憤といっても良い。

 

だから当人には嘘をつくな!、拙ブログを訪問下さった皆には騙されちゃいけないと声を上げた。

ましてや私が告発しようとした相手は、法律に触れた行為を今も平然としている愚か者だ。

それを見過ごすことこそ罪悪だと、正常な神経の持ち主なら思うだろう。

だからけして座視はしないし、すぐに行動に移した。

 

すべてにではないけれど、私はこれはそのままにはしておけないと思えばいつでも介入する。

世の中は不条理と理不尽で満ちているけれど、それで何かを諦めたり馴れてしまってはいけない。

 

自分の判断が正しいと思ったら、思っただけでなくまずは行動を起こす。

それが他人の災いや諍いやならば、正しい者の側に立ってそれを表立って扶助し、擁護する。

それは陰日向なく支援しなければならないと思っている。

なぜなら大勢の人の目を避けようとするのは、倫理や道理に背く行為に繋がりかねないからだ。

正しいと思うことは堂々とやればいい。影ながら応援しますなどという態度は卑怯で良くない。

多分影ながらと言った当人も忸怩たるものがあるであろう。だとしたら初めから言わないことだ。

 

ところが奴らが遣ったのは、正義を通すために影に回った訳では当然なく、その釈明記事も正に

嘘を糊塗する為の言い訳、自分たちの悪業を正当化する為の不正な動きだったから、当然そこに

正義も大義名分もない訳です。だから言い訳たらたらで、思わせ振りな言葉や揶揄を重ね、

暗に脅したりオチャラケて見せた訳だ。本当に稚拙で堂々とした所が一つもないT・Kだ。注2)

 

ところでその事が指し示すのは、それが例え正しい行いであっても、邪な企みであったとしても、

『影になって行動する』という態度は結局は『疚しい心がそうさせている』という事実だろう。

故に私は有言実行を旨とする。不言実行は逃げ道を作っておく事だから卑怯者の誹りを免れない。

 

ところで私の信条の一つである『目には目を、歯には歯を』という報復律は、

(私の経験則としても)犯罪や邪な企みを防ぐ最良の方法だと考えている。

世界のどの国の刑法でも、この報復律が基本になって作られているのはご存じの通りだ。

つまり、罪はそれと同等の罰か代価であがなわなければならないという大原則だ。

だからこそ報復律は、犯罪や不正な行為の防止あるいは抑止にも繋がると考えている。

どの国にも刑法が存在するのはそのためである。

 

ところが日本の慣習では、暗黙の了解に基づくなあなあの関係と(悪事などの)秘密の共有とで、

徒党を組んで責任を回避し、罪を逃れる仕組みというか社会構造になっているらしい。

それは個人も組織も同じで、その大原則を仮にこの似非似非ブログに適用してみよう。

残念ながらこのブログには、規約はあれどそれが公正には適用されてはおらず、

運用も、相手によって恣意的に使い分けているように思えてならない。それも保身故か?

例えばnice!獲得数上位会員には便宜を図り取るに足らない者やうるさい奴は体よくあしらわれる。

恐らくは、そこから冤罪が生まれても知らぬ存ぜぬで通すだろう。事実そうだったし。

2023/01/12 7:03追記:『トップブロガー』を『nice!獲得数上位会員』に改めました。誤解を招きかねないので。

 

だが個人も組織も実は同じだと私は考えている。 

現実の問題はそればかりではない。人や組織だけでなく、社会そのものに問題があれば、

一部が正しくあろうともけして良い方向に進むことはあり得ない。

 

だからこそ私は、皆に嫌われるのを覚悟で、敢えてこんなことまで言わざるを得ない。

過半のブロガーの皆さんは、法律を犯した者や、虚偽の情報を流して自分を正当化した者に、

自分のブログにこの者らからnice!が押されたというただそれだけの理由で、

それこそ思考停止してしまったかの如く、泥棒に追銭とばかりにまるで『パブロフの犬』の様に、

それこそ何の考えもなくAutomaticに『お礼nice!』などしているが、それで良いのだろうか?

 

人を騙し、時に陥れるような人物に、「お礼nice!」などして奴らを儲けさせてどうするの?

人を騙すだけでなく、そのことによって法律まで犯している者を見過ごし、

虚偽の事実を並べ立てたり、欺瞞的行為をしてまで金儲けをしようと策略を巡らす、

奴らの(不法な)策謀やその隠された(不当に利益を得る)意図に加担してどうするの?!

それって、知らなかったというよりも、知ろうとしなかった結果なのでは。

だとしたらあなたも同罪ではないでしょうか。少なくとも私はそう思っています。

 

あの9つのコロナウイルス記事で、フェイクで殊更に不安を煽ったstop-iiwakeの目的を知らないの?

注目を集めることでアクセス数を増やし、G〇▢gle A〇〇enseから不当な利益を得る為だった。

それも悉くフェイクニュースで、しかも著作権法に触れてさえいた。これは紛うことなき事実だ。

その真相を私が記事に書き、皆に知らせたにも拘わらず、何食わぬ顔で「お礼nice!」をする。

却ってこれ見よがしに「お礼nice!」をする者まで現れた。なにしろ『パブロフの犬』だから。

 

でも私の忌憚のないこの言葉に反発を覚えて、抗議して来るようならまだ救いもある。

しかし過半は、拙ブログに来ないという形で、無言の抗議をしている積もりになっているだけだ。

それが証拠に、現実には『記事管理』を見る限り、アクセス数は相当なものだ。

それが恐いもの見たさなのか臆病ゆえなのか邪だからなのかは知らないが、見るなら堂々と見て

感じるものがあれば堂々と言うがいい。

 

しかし覚悟して言って下さいね。

私は間違っていると思えば反論するし、正しいと思えばそれに真摯に応えようとはするけれど、

軽はずみな揶揄や無責任な言葉や、悪意を含んだ言葉には敏感だからね。しかしそれでも私は

嘗ても今も、何も皆さんを取って食ったりはしないのは、過去の行状を見れば一目瞭然です。

奴らが幾ら情報操作しようと、陰謀論を撒き散らそうと、私はいつでも良識も限度も弁えている。

 

しかし世の中は道理を説いて、話して分かる者だけで構成されている訳ではないようだ。

現実にも不正に気づいてもなお擁護したり、表立って加勢して憚らないハゲ埋蔵)まで現れた。

S・Y・Nの3人組注2)がまず加担し、不正な手口を教唆、あるいは共謀して策略を巡らした。

その後、援護射撃でTシャツ屋も現れた。それとはけして無関係ではないT・K注2)もね。

私はその時、ああ世も末だと思った。私を支援したり共感して下さった方々も同様に感じていた。

件のstop-iiwake以外は皆が皆、似非ブロのアクセスランキング上位の者注2)ばかりだったからだ

注2)この事実イニシャルが何かを、お知りになりたいのであれば、昨年の大晦日の記事をご覧願います。

 

でもこれが似非似非ブログの実態だった訳です。

好感度抜群のあの人が・・・!

文章からして人の良さそうなあの人が?

良質な記事を書くことで定評のあるあの人が?

・・・事実を知った皆がそう思ったし、同時に落胆もした。

私たちが今まで見ていたのは、まやかしであり、幻想だと識ったからだ。

 

そしてこの者らが、なぜ事の発端となったstop-iiwakeを擁護し、教唆し、共謀したかといえば、

簡単に言ってしまえば、彼らにとって似非ブロが飯のタネ(アクセス数で稼いでいる)で、

私が公表した事実や、そこから導き出される隠したい真実が、白日の下に晒されることで、

その収入が途絶え、あるいは減少してしまうことがこの輩にとっては死活問題だったからだ。

つまり金儲けという利害を共有していたからこそ、邪な者が集まって影で蠢いたという訳だ。

 

だから私は、奴らの反撃に遭った。 

でもね、衆寡敵せずというその情況でも、誰もが我を見放したとしても、

私がそんなことで怯んだり逡巡することはない。間違ったことは一切していないのだから当然だ。

そしてその時の義憤や、正しいことを行うという気概を、今も私は保持し続けている。

 

これは私からのお願いというか忠告です。皆には、これだけは知っておいて欲しい。

今や無知や無関心は罪なのです。

目の前で起きていることの実態を知らないと、いつ被害者になるかも知れず、

自分の何気ない行為が罪に問われ、加害者にさえなり得る現実を、皆はもっと知るべきなのでは。

自分のことだけではなくて、皆は世の中の実態とその真相をもっともっと知るべきでは!?

 

ところで疑問に思いませんか。著作権法に触れているのなら、なぜstop野郎は捕まらないのかと。

それはね、著作権法が『親告罪』だからなんです。

つまり第三者が告発しても駄目で、著作権を持つ者だけが違反した者を訴える権利があるんです。

だから似非ブロも、G〇▢gle A〇〇enseも私の告発を退けた。世の中とはそういうものなのさ。

SNSだけでなくGAFAさえも事勿れ主義で、違法行為も見て見ぬ振りで皆と同じだったんだ。

 

でもね、理由はそれだけじゃない。日本人の意識そのものに根源的問題があると考えている。

それが証拠に、日本の著作権者はあまりにも権利意識がないオメデタイ人達ばかりだった。

私が連絡して、あなたの組織のことが無許可で掲載されてますよ。

写真やオリジナルの記事の一部が切り取られて掲載されていて、尚かつ改竄されて、

著作権がいちじるしく侵害されていますよと伝えても、

更に言えば、無許可で記事や画像が掲載されている事実を伝えても、

通り一遍のお礼の連絡があるのみで、著作権の侵害には至って無頓着だった。

記事として取り上げてくれるなら「かえって宣伝になる」、程度のおバカな認識しかないのだ。

だからいつま経っても、不正行為で金儲けするこんな輩が後を絶たない。

かの運営はそればかりか、見て見ぬ振り、責任放棄とも思える対応しかしなかった。

 

だがそれは著作権者だけでなくてあなたも同じ。

自分のブログにこの者らからnice!が押されれば、条件反射的にそれこそ何も考えることなく、

『お礼nice!』を喜々として押しに行く『パブロフの犬』的ブロガーがいる限り、

何ひとつこのブログを取り巻く環境が良くなることはない。

私はそう思っています。

 

だから過半のブロガーに疎まれたって、煙たがられたって、

こうした不正行為の存在は、訴え続けていこうと思っている。

最初に言ったように、たとえあなたに敬遠されたり嫌われようともね。

 

でもね、そうした反応は当初より想定済みだったので今さら痛くも痒くもない。

しかし、人々の良心とか他人を思い遣る心に少しは期待していただけに、ガッカリしたのは事実。

やはり何も変わらなかったと知った時にはね。

 

たかだかnice!一つに一体どれだけの意味があるのだろう?・・・そう思いませんか!

↑<2023/01/12 11:40追記>

しかしパブロフの犬は、餌が与えられる限り、やはりパブロフの犬のままだった。

そのように何が事実や真実で何が欺瞞で嘘なのか、考える頭すら持ち合わせていないのであれば、

それこそ言うだけ無駄であろう。・・・

 

・・・そう思った時期もありました。でもね私はめげないし、諦めが悪いんだよ。

常識人ぶって妙に分別を働かせたり、年相応に思慮深く見せようとも思わない。

そんな小っちゃく纏まって自己満足するような人間になるくらいなら、死んだ方が遙かにマシだ。

自分を大きく見せようと虚栄・虚飾に走ることもないし、しかも私は反省のできる人間だ。

だからこそ今回、何が誤算だったのかを顧みた。

そこで私は、「個人」ではなく多くの人が醸し出す「空気」と戦っていたことを改めて痛感した。

それじゃあ勝てる訳がない。なにしろこの手で掴まえることさえできないのだから。

 

でもそれで諦めたりはない。『七転び八起き』は私の人生そのもの。

時未だ至らず。ならばその時が来て、『我が不屈の魂』が蘇るまで気長に待とう。そう思った。

時至れば、その時は淀んだ空気を一掃する颱風の目にでもなってやろうかと、ふと思う。

それでも『憎まれっ子世に憚る』にはならないし、なれもしない私だけれど、

ある意味『自爆覚悟』なら遣れないこともない。

この(何もしない)似非似非ブログ(@^▽^@)に、今さら未練などないしね。

でも一人じゃ無理だな。・・・そう思う今日この頃です。

 

私は思うのです。大概の人は「他人に気に入られたい」と願うのが普通だろうけれど、

私は迎合は嫌いだし、おべっかもお世辞も言わない。それが人間関係の潤滑油とも思わない。

だから「好かれる選択肢」を捨てて、敢えて「嫌われる選択肢」を自分の意思で選んでいる。

時に露悪趣味だと我ながら思うこともある。

でもね、少なくとも私には事の善し悪しを問わないで、

それこそ無条件で「誰にでも好かれよう」などという節操のない選択肢はない。

そして過去も今現在もそれを実践している。

なぜなら自分の今の行いは正しいし、世の中に有益なことをしているという自負があるから。

だって『良薬は口に苦し』なんだよ。オブラートに包んだり、糖衣錠ぢゃ駄目なんだ!

人は自分に対しもっと謙虚であるべきなんだ。苦いことでも受け入れなければならないんだ。

だから私は耳に痛い話でもそれを避けようとは思わない。

たとえ自分の欠点や落ち度を指摘されてもね。

 

と言う訳で、大晦日の長編記事でお知らせした、

『暫くブログ記事の更新をしない』という約束は撤回しないので、

これで当分の間、私の『毒吐きブログ』は見納めとなります。

昨年10月27日からのブログ再開でしたが、モチベーションが保てないので再度沈黙します。

 

思い起こせば、再開以来更新した記事は9つ。

正直に言えば、「戻って来るべきではなかった」という思いと、

「まあこんなものかな」という思いが半々。

 

しかしそれはそれ、これはこれ。

良識を弁えている皆さまには、糅てて加えて良心の残滓が未だ残っている皆さまには、

ここで暫し別れの挨拶をせねば。

そうでなければ義理が立たぬ。

 

拙ブログにnice!やコメントを下さった少なからぬブロガー諸兄諸姉に感謝いたします。

わずか2ヶ月あまりの、ほんの短い間とはいえ、

皆さまには、『こんなつまらない毒吐きブログ』に、辛抱強くお付き合い頂いたこと、

時にコメントまで頂戴したこと、それらご厚情にこころより御礼申し上げます。

それだけでなく、賛同の言葉を頂いた皆さまには、いずれ何らかの形で応えたいと思っています。

本当にほんとうに、ありがとうございました。

 

 おまけ

シリーズ9枚では切りが悪いので、パーフェクトの意味で、

最後に写真をプラス1枚掲載して計10枚としておきますね。(②追加分はカウントから除外)

平成29年にスペインの『美食の町』、サン・セバスティアンに行った時の写真です。

綺麗な遠浅の砂浜でした。そこで引き潮の浜に降りて、流れ着いた木切れで文字を書きました。

sayonaraakegajinseisa.jpg

 <オマケのオマケ>

過去にどのような経緯があったのか?

一体どのような者がそんな欺瞞と嘘の行為を繰り返したのか?

そこにどのような法的問題があったのか?

そこにどのような道義的問題があったのか?

そこでどの様な対策をすれば、自分も同じような過ちを犯さずに済むのか?

改めてそれらを知りたいのであれば、昨年の大晦日の記事をご覧願います。

かなりの長文で読むのに多くの時間と覚悟が必要ですが、

そこには人々が陥りがちな過ちが、具体例を以て書かれています

 

 

Adiós, amigos.
Nos vemos algún día.

 

 

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たいへー

何故にここに来たかは定かでないが、
手の形からするとスマホをイジっていると思う・・・
by たいへー (2023-01-11 07:21) 

U3

「ああ、またつまらぬ毒を吐いてしまった」
ルパン三世に出てくる石川五ェ門が、斬鉄剣で悪党を切ったあとの名ゼリフに似た心境です。
でも、言いたいことの半分も書けなかったという感慨はありますが、これ以上書く気は更々ありません。
ところで私には、どうしても遣りたいことがあるので、そっち優先でブログはしばらく放置します。
とは言いつつも、(確約は出来ませんが)時間が許す限り、皆さんのブログにはお邪魔して、ポチッと押したり、コメントを入れたりはしようかと思っています。
ではでは(*´∀`*)
by U3 (2023-01-11 13:32) 

U3

☆たいへーさんへ
先ほど誤って今朝たいへーさん宛てに書いた返信コメントを消してしまいました。そこで改めて返信します。
【ピーちゃん通信】見ました。その痛手から立ち直れる日がいつかは来るのを確信しています。
私もそうやって、14年間一緒に暮らしたブラちゃんを喪失した痛手から立ち直りましたから。
by U3 (2023-01-11 13:44) 

お散歩爺

黄昏時の写真は絵になりますね。

by お散歩爺 (2023-01-11 17:14) 

U3

☆お散歩爺さん、こんばんは。
ええ、多少腕が悪くとも被写体が良いので絵になります( ̄∇ ̄)
by U3 (2023-01-11 18:53) 

starwars2015

すばらしい偶然ですね。
こういう一瞬を予測して、シャッターチャンスを待つのって、ドキドキします。
by starwars2015 (2023-01-11 22:39) 

八犬伝

2枚とも、良い写真ですね。
似非似非ブログとは、上手い表現を見つけられましたね。
私は、彼らがトップブロガーという認識はないのですが
明らかに、ここの運営は公平でない事だけは確かですね。
by 八犬伝 (2023-01-11 22:42) 

Azumino_Kaku

拙ブログにコメントありがとうございます。
遅くなりましたが、本年もよろしくお願い致します。
by Azumino_Kaku (2023-01-11 22:59) 

みずき

風景だけの写真が撮りたいという思いも、
図らずも写り込んだことで写真に物語が
生まれる感じも、どちらも良いですね^^
by みずき (2023-01-11 23:01) 

まるたろう

本当に素晴らしい写真ですね。自分は真似ができません。
by まるたろう (2023-01-11 23:12) 

ライス

こんばんは。
外国の風景や街は日本と違った美しさがありますね。
サン・セバスティアンの写真は美しい海・浜と遠くの街並みが美しいです。
似非似非ブログ運営さんは、悪質・詐欺ブロガーへの対処をしないことで、
ブログサービスそのものの品格や信用を下げる結果になることを理解すべきですね。
(検索エンジンやセキュリティ会社でのランクが下がります。大きいダメージになります)
事なかれ主義で見て見ぬふりするのも、悪質・詐欺ブロガーの増殖を助長することになり、
結果的に自分へ返ってくると考えて欲しいですね。残念ですが。
by ライス (2023-01-11 23:25) 

ナベちはる

狙っては撮影できない光景であればあるほど、それをカメラに収めることができたときの嬉しさはとても言葉では表現しきれないものになりますね。
by ナベちはる (2023-01-12 01:01) 

Baldhead1010

このブログも、niceの表示さえなければいろんな問題は起きなかっただろうにと思います。

この寒い時期、朝晩の撮影は堪えますので、どうぞお体に気をつけてください。
by Baldhead1010 (2023-01-12 03:03) 

横 濱男

1枚目の写真良いですね。
スゴく遅くなりましたが、
明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
by 横 濱男 (2023-01-12 07:50) 

ファルコ84

スマホを見ている写真、何を見ているかは人それずれですね!
私は、友達との会話・・・ では、また。
by ファルコ84 (2023-01-12 08:43) 

Boss365

こんにちは。
「スマホで富士の夕景を撮って・・・」の女の子、素敵な場面・風景に遭遇ですね。
女の子は帰宅して、撮影した写真を家族に見せていると勝手に推測です。
「おまけ」のサン・セバスティアンに行った時の写真、映画のラストシーンの様な風景ですね。
ところで「多くの時間と覚悟が必要」な記事には触れませんが、お疲れ様でした!?(=^・ェ・^=)
by Boss365 (2023-01-12 13:09) 

拳客

オレンジ色の空、「復活の日」の夕日を思い出します。
by 拳客 (2023-01-12 13:59) 

drumusuko

こんにちは。
夕陽と女の子と富士山、とても綺麗で、印象的な写真ですね~(^^♪。
by drumusuko (2023-01-12 14:03) 

JUNKO

シルエットの写真は美しいですね。
by JUNKO (2023-01-13 21:24) 

lamer

明けましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い致します。
by lamer (2023-01-13 23:37) 

老年蛇銘多親父(HM-Oyaji)

私も検見川浜、海浜通りは時々車で通るので、夕暮れ時など切れな風景を見て、いずれはと思っていたのですが。

この写真を見て、これはいいな!と感じ人一通り拝見させていただきました。

それにして、『海の鳥と少年』像、こんな無残な姿になってしまったのですね。

残念です。

by 老年蛇銘多親父(HM-Oyaji) (2023-01-14 10:28) 

なかちゃん

見て見ぬ振りを検索サイトで調べてみたら、『知っていながら黙って見すごす』とか『関与しない・介入しない』などと書かれていました。それくらいのことはボクでも知っていたつもりでしたが、その中に『暗黙のうちに許可する』というのがあり、ちょっとビックリしました。
そうか、許可したことになってしまうんだと考えると、今までの自分の行動や、今後の生き方について考えさせられますね。
でも、性格を根本から治療するには『時間も無いし知識もない』となり、なかなか踏み出せないかもしれません(^^;

by なかちゃん (2023-01-14 11:02) 

kousaku

幕張からこんな風に富士山が見えるんですね、夕景の富士山がシルエットに成って中々の景観ですね。
by kousaku (2023-01-14 11:36) 

U3

☆みなさまへ☆
「なかちゃん」さんのコメントを見て、これを法的な解釈で説明しようと思いました。
『見て見ぬ振り』には、実は色々な種類があります。例えば・・・
①通りすがりに問題の発生した現場の前を通り掛かって何かあるなとは思ったけれど、急いでいたので事実をよく確認しないまま、その問題の場所を素通りして立ち去った。
②問題の場所で犯罪が発生したのを確認したが、自分は当事者でもないのに、関わると面倒なことになると思い、何もせずその場を立ち去った。
③問題の発生した場所にいて、自分は当事者の一人であったが、被害に遭った者がどうなっても良いと思い、その場を急ぎ立ち去った。
④問題の場所にいて、自分は当事者ではなかったが、そこで犯罪が起こる可能性があるのを頭の隅では認識していながらも、自分には関係がないと判断し、知らぬ振りをしてその場を立ち去った。

この中で、過失(罪)が問われないのは①のみです。②は微妙( ̄∇ ̄) 事実を確認していたか、その後の結果を予測していたか、否かが問われることもあり得ます。

これを例えば、似非似非ブログ内で違法行為が認められる誰かの記事の内容を見て(内容を把握するしているかを否かを問わない)、「コメント」を書いたり「nice!」を押す行為に当て嵌めて見ると、興味深い結果が生じることでしょう。くれぐれもこの事を忘れないで下さいね。
以上。
by U3 (2023-01-14 14:22) 

しゅん

懐かしい景色です。幕張に仕事場がありよく散歩しました。黄昏きれいだなぁ(^▽^)/ また、遊びに来ます
by しゅん (2023-01-14 16:10) 

風の友

タイトル画像の大きいのにびっくりしました。
<幕張に来てクアハウスの手前でのワンショット>の風景写真は
私も大好きです。
こういう風景は、本当に心に染みます。
by 風の友 (2023-01-14 23:25) 

お散歩爺

20以上の晴れ続きも昨日は雨の予報・・が外れました。
今日こそ雨降れ~~~~~~~~~~~!”
by お散歩爺 (2023-01-15 06:55) 

横 濱男

ヘッダーの写真、デカいですね。。
インパクトがあります(^^ )
良い構図ですね。。
by 横 濱男 (2023-01-15 10:20) 

OJJ

ヘダ―の写真の大きさにビックリです。私は出来ないのでソンケーです。こちらからは富士山が見えないので基本的に僻んでいます。
by OJJ (2023-01-15 11:46) 

みぃにゃん

こちらこそ遅くなりましたが明けましておめでとうございます。
2年前からガンになったり再発したり、そしてロッキーがこうなってしまったりと良くないこと続きですが、なんとか過ごしております。
ヘッダーの画像素敵ですね。インパクトあります。
私は技術がないから変更することもなく、ずっと同じです。(笑)
by みぃにゃん (2023-01-15 13:55) 

Take-Zee

こんにちは!
ブラウン君のコメントを拝見してUさんもと
思いました! 
私も去年6月14年間寄り添ってくれた愛犬を
なくしました。
 とくに家内が旅たったあとの2年間は心の
支えでした。 そしてついに愛犬も家内を追いかけて
逝ってしまいました! (いつも涙、涙です)

by Take-Zee (2023-01-15 15:47) 

One-for-you

コメントありがとうございました。
by One-for-you (2023-01-15 17:39) 

Take-Zee

U3さん、ありがとう!!!

by Take-Zee (2023-01-15 18:20) 

tochimochi

鴎のオブジェがインパクト十分です。
幕張海岸の残照も素晴らしい。シルエットは富士ですか、こんなに近くで視れるのは羨ましいです。
by tochimochi (2023-01-15 19:51) 

A・ラファエル

新年のあいさつ書き込みありがとうございました。
by A・ラファエル (2023-01-15 22:17) 

静謐な一日

復活しました。
私を既知の方々、よろしければまたおつき合い願います。
然すればあなたの心を、またもや鷲掴みにして進ぜよう。
by 静謐な一日 (2023-01-16 01:42) 

gardenwalker

こんばんは
コメントありがとうございました
夕焼けのお写真、いい感じですねー
by gardenwalker (2023-01-16 23:09) 

ルージュ

U3様
nice!とコメントありがとうございました。
こちらこそ今年も宜しくお願い致します。
by ルージュ (2023-01-17 21:45) 

KEI

コメントどうもありがとうございました☆
笑顔あふれ心健やかなる年でありますように☆(^_^)☆
by KEI (2023-01-19 02:38) 

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