君が今ここに在（あ）る事の奇跡

 

　君が今此処に在（あ）るは　君の努めたるが故（ゆえ）のみに非ず
　君がこの世に　生を受けたる所以（ゆえん）の在るが故なり

 　君のお母さんはお婆ちゃんとお爺ちゃんの間に生まれました。君は縁あって君のお母さんとお父さんが一緒になってこの世に生を受けました。君が生まれたのは〇浜の家ではなく〇川のお婆ちゃんお爺ちゃんの家で生まれたのです。君はとても愛くるしく可愛い子供でした。

　君のお父さんとお母さんそしてお父さんのご両親はそれから暫くして当時住んでいた家の立ち退きを迫られました。そこでハワイに住んでいた大家さんのお婆ちゃんに頼み込んで何とか家の権利を譲って貰うことが出来たのです。でもそれにはお金が必要でした。しかしお父さんとお父さんのお爺ちゃんやお婆ちゃんには蓄えがあまりありませんでした。何故蓄えがなかったのかは一緒に住んでいた事のある君なら知っているかも知れませんね。

　そこで君のお母さんはお父さんに云われてお母さんの実家である〇川のお爺ちゃんお婆ちゃんにお金を用立ててくれる様頼み込んだのです。お母さんは本当はそんな事はしたくなかったのですよ。分かりますよね。〇川のお爺ちゃんは娘にそんな虫のいい事を言い付けた君のお父さんと〇浜のお爺ちゃんお婆ちゃんに大変憤っていましたが、お婆ちゃんが自分の娘を不憫に思い〇川のお爺ちゃんをなだめてお金を用立てたのです。知っているでしょうが〇川のお爺ちゃんお婆ちゃんだってけして裕福な訳ではないのに用立てたのです。お婆ちゃんにすれば娘の置かれた立場が貧乏故に悲しい思いをした自分の半生に重なって不憫でならなかったのでしょう。そうは決めてもすぐにお金を用立てる事など出来ないので君のお母さんを一旦〇浜の嫁ぎ先に返したのですが、その夜お婆ちゃんは薄暗い納戸の前で泣いていました。そして息子である私はそれを知っています。

　君がここに居られるのは勿論君の努力があったからでしょう。優秀な学業成績を修めK大を卒業し現在の職に就けたのはなるほど確かに君の努力の賜物です。しかしよく考えてください。君のお父さんは働きもせず時には暴力まで振るいお母さんや君に迷惑を掛けてばかりいましたね。そんな中、毎日朝早くから夜遅くまでお母さんが働きに出て何とか生計を立てていた家庭環境の中で君はK大に進んだのです。その入学に当たって必要なお金を用立ててくれたのは〇川のお婆ちゃんでしたね。わたしも君の保証人になりました。なにも恩を売る積りでこんな事を書いているのではありません。人は周りの人から助けられて生きているという事をもう一度思い出して欲しいと思ったから云っているのです。それは妹のEちゃんもKちゃんも同じですが君だけに私はこの事を伝えようと思っています。

　君がこの世に生を受けた事の奇跡。お母さんの子供として生まれて来た事の奇跡。そのお母さんが〇川のお爺ちゃんお婆ちゃんの間に生まれた事の奇跡。それはけして偶然ではなく必然です。私が奇跡といっているのは君の過去のどれか一点でも違っていれば今の君はなかったからに他なりません。人の運命は生まれた時から決まっているという話があります。しかし当人にはその事が分かりません。いつ、どこで、どういう結末を迎えるかは誰にも分からないのです。しかしだからこそ毎日を、今この時を、精一杯生きる事の大切さを君には分かって欲しいのです。自分は生きている。生かされている。この事にまず感謝しましょう。君は大勢の人から支えられて生きている。いまここに君が在（あ）ることの奇跡にまず感謝してください。誰にでもない、まず自分に感謝し、そして君を支えてくれているであろう人々に感謝してください。

　それが君の生きて来た事の正しさの証しであり君の未来を指し示す道しるべとなるのです。