日本人の大半は「予定調和」が大好きだ。
しかし、そんなものが好きな日本人が「世界を変える」事など出来はしない。「ええい!控えおろう。この紋処が目に入らぬか」ジャ、ジャ、ジャーン、ジャーン・・・てな毎回まったく代わり映えしない結末で終える「水戸黄門」を見て安心するのが大多数の日本人なのだ。わたしにすれば「馬鹿らしい」の一言である。そんなものを見る時間があったらもっと自己研鑽や明日への英気を養う時間に充てろと謂いたくなる。もし「水戸黄門」や「大岡越前」や「暴れん坊将軍」を見る事が英気を養う事になるというのなら最早処置なしである(笑)
戦国時代や大戦後の混乱の時代に日本を切り開いた人物達はたぶん「予定調和」など大嫌いだったろうと思う。そこにあるのは「独創性」と「強烈な個性」だったに違いない。人と同じ事をしては結果は推して知るべし。変革を実行できるのはこういった大多数の日本人とは一線を画する生き方が出来る人達である。動乱時には必ずといって良い程そういう人物が現れる。しかしそういった人だけで世の中が変わる訳ではない。きっかけを作るのはその様な「強烈な個性」かもしれないがそれを実践するのはその他大勢の人々だ。実はその大半は「予定調和」が大好きな人達だったりする。本来「予定調和」に安住する人々に世の中を変える力はないが誰かがきっかけを作りさえすれば世の中は動き始めるのである。
・・・えっ、独断と偏見に満ちている?
そうかなぁ(=^ u ^=)
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「そういうあんたはどうなんだい」って!
「べらぼうめ!こんな事を書くんだから決まってるだろうが。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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・・・・・・・・・・・・・・・予定調和派よ」(爆)
あはは、実はわたしは人に指図されるのも人に指図するのも嫌いな「一匹狼」です。
云い方を変えれば「独立独歩派」だろうか。
「派」とはいっても群れないから「閥」は作らないので傾向的な意味合いでの「派」
群れるのは本当に好きじゃないのでね。
一人だから大きな事は出来ないけれど「それも良し」と思っています。
妥協や馴れ合いや逆に強制からは良いものは生まれないと思っているのでね。
でも協調性はありますよ。逆に調整役が主な仕事だったりして・・・だから嫌なんだけどね。
つまりわたしは「予定調和」に落ち着く事で安心する様なタイプではなくて
「未来は不知だから(わからないから)面白い」と考えるタイプだと思います。
拗ね者なので世の中を変える力はまったくありませんが(=^_^=)