たぶんこの驚きの一報を聞いて、冷静に今の情況を見つめていたのは、ほんの一握りの国民と政治家だったのではないだろうか。
つまりそんなことをしても、実際のところ、何一つ変わりはしないのだと分かっている人は、ほんの僅かであったろう。
筆者は意識して冷静さを保ちながらも、怒りを以てこの茶番劇を見つめていた。
実際の問題として、今まで何一つまともな手を打てなかった者が、新しい総裁が決まるまでのこの一ヶ月弱の間で、一体どれだけ(新型コロナウイルス対策)の成果を上げられるというのだろうか。
「明るい兆しが見えています」
直近の緊急事態宣言の再延長の記者会見では、この御仁、確かそう発言した筈だ。それは詰まるところ、新型コロナウイルス対策で最大の障壁だった自分自身を、自らの手で更迭するという意味だったのかと、納得できないまでも無理に納得するしかないだろう。
でもこれであなたの責任が不問に付されると思ったら大間違いだ。
現実を直視すれば分かるが、自民党が幾ら頭をすげ替えようが、自民党の本質(責任を有耶無耶にし、国民を謀り、政治を壟断するという党の体質)が何一つ変わる訳ではないし、自民党だけでなく与党や野党も含めて、政治家や政治手法そのものが大きく変わる訳ではない。
だとしたら単に目先が変わっただけで、恐らくは早くて5年、遅くても10年以内に、また同じことの繰り返しになるのは明々白々だろう。
筆者は心ある読者(国民)に問いたい。
要はそれでいいのか?・・・ということだ。
日本という国の国民は、襤褸が出る度に多少見栄えの良い応急処置をしただけの、こんな継ぎ接ぎだらけの泥船に、一体いつまで乗っているつもりなのだろう。
それこそ何もかも、きっちりとケリをつけず、ただ闇雲にあるいは無謀にも先に進み続けて、いったいこの先に何があるというのだろうか。
全ての国民は、このまま今までのように政権与党が責任の所在も明らかにせず、したがって反省の弁もなく、過去の不祥事や問題点の総括もせず、ただ頭をすげ替えたから良し、として済まさせていいのか。
<岸田元政調会長のコメントよりも、後ろのメニューの「冬瓜(とうがん)そぼろあんかけ」の値段の方が気になって仕方がなかった(^0^)> つまり国民はこのような茶番劇を是とするのか?
またもや見過ごすのか?
それを今、国民は試されているのだと思います。
思いっきりくだけた言い方をすれば、
「党の看板を新しい顔にすげ替えたからって、過去を不問にして、またもや政権与党に期待しちゃっていいの?」・・・ってことです。
過去を忘れて先に進むことはできない。
それは同じ過ちを繰り返すことに他ならないから。
国民は今こそ声を大にして、過去の責任の所在を明確にするよう政権与党に求め、一方の政権与党はこれまでの不祥事の説明責任を果たし、問題があった者には国民が納得できる形での責任を取らせ、そこで初めて国民に信を問うべきであろう。
それなしに衆院選を戦えば、自公政権は必ずしや、大敗を喫するであろう。
それにしても思うのは、TV番組のMCにしても、出席していた論説委員にしても、政治評論家にしても、タレントのコメンテーターにしても、なんで皆が皆、菅義偉総理の「新型コロナウイルス対策に専念したい」という声明に対して、
「長い間ご苦労様でした」とか「長い間の労に対して謹んで云々」とか、儀礼的で、しかも心にもない労いの言葉を掛けるのだろうか。というより本気でそんなことを思って言ったとしたら、その人の良識を疑わざるを得ない。
何故そんな心にもないことを言えるの?
それが日本社会の不文律だから?
それが日本人の思いやりの精神の発露だから?
それとも長い間の習慣やしきたりだから?
・・・だったらそんなもの捨てなさい! 無意味で空虚でしかないから。
という訳で、
誰ひとり「ざまあ見ろ!」とか「ふざけんな!」とか言わなかったのは残念である。
そもそも労いの言葉は、その人にそれだけの成果とか業績があるから掛けるのだ。それが新型コロナウイルス対策をはじめその他諸々、それこそ何一つ成果も結果も出せず、却って国民の間に混乱や不協和音を作り出しただけだ。
そんな人物に、掛ける言葉は慰労ではなく、罵倒だろう!
そしてその責任は辞任後も追及しなければならないはずだ。
おそらく総裁を辞任して新型コロナウイルス対策に専念しても、ワクチン接種が時間の経過と共に増加するという、菅義偉総理の功績でもない成果しか上げられないだろう。しかも総裁選の後に臨時国会を召集して、その初日に衆院解散を宣言して、新しい国会が開かれるまでの短い間に、急激に重傷者が減るとは思えないし、死者が減るとも思えない悲惨で潸々たる情況であろう。
ここで国民一人ひとりが意を決して、安倍前総理からずっと続いている、説明責任を一度も果たさず、辞任したらあとは何一つ過去の責任を問われないという、不正と不実を糺さなければならない。
そうでなければ、今までと同じではないか。
筆者は国民に問う。
何もかも有耶無耶にしたまま、
このままいつか来た道を、また後戻りするつもりですか?
なお、当該シリーズの『新型コロナ禍と衆愚政治との関連性についての一考察(3)』は、明日9月4日の17:00に予定通り更新します。
ますます舌鋒鋭く真相を究明します。
乞うご期待!!!♡♡♡