<いやぁ 何羽いるのだろうか(笑) 2009.4.10 オランダにて by 妻撮影>
今を去る事約三十数年前のとある日曜日の朝、わたしは東京駅からJR(当時は国鉄)中央快速に乗った。新宿で彼女と逢う約束だった。
<いやぁ 何羽いるのだろうか(笑) 2009.4.10 オランダにて by 妻撮影>
今を去る事約三十数年前のとある日曜日の朝、わたしは東京駅からJR(当時は国鉄)中央快速に乗った。新宿で彼女と逢う約束だった。
もしかしたら過去にブログ記事として取り上げたかも知れないけれど、ふと思い出した若かりし頃の実際にあった「出来事」を紹介したい。
その時わたしはホームとは反対側の電車のベンチシートの端に座っていた。そして開いているドアの外の東京駅の赤煉瓦壁を何気なく眺めていた。その時ホームを駈けてくる靴音が聞こえ、わたしの視界を遮るように原宿のロックンローラー族を彷彿させる革ジャンの若い男が飛び乗って来た。連れとおぼしき白いひらひらの裏地が付いたボリュームのあるスカートに頭の上には大きなリボン、そして白いパンプスというそれなりの格好をした女がホームに立っていた。そしてドアを挟んで何やら話をし始めた。どうやら男はこのあと中央快速に乗ってどこか(たぶん自宅)に向かい女とはここで別れるらしかった。名残惜しいのだろうしきりにお互いに手を握りあったり肩を抱いたりしていた。
しかしそんな眼の前の光景よりも、わたしはその男のリーゼントスタイルそのものがとても気になっていた。その庇(ひさし)の様に張り出したリーゼントの長さは昨今の氣志團の翔よりも昔人気のあった横浜銀蝿の翔よりも弟分の嶋大介よりも長かった様に思う。もちろんキャロルのジョニー大倉よりも長かった。わたしは当時竹の子族にもロックンローラー族にも興味はなかったし、原宿はお上(のぼ)りさんが集まるところというイメージがあってすっかり足が遠退いていたし、ラジカセを大音響で鳴らして騒ぎ立てる様なパフォーマンスにはまったく興味がない若者だった。(個人的には同潤会アパートが健在だった'70年代の落ち着いた原宿が好きだった)
ところでこの電車は進行方向である高尾に向かってホームの右側に停車していた。皆さんはこの事をよく覚えて置いて欲しい。なぜならばこの事が後にこのリーゼント男の悲劇を生む事になるのだから・・・。
<寒いと何故かIce Creamが食べたくなる 2009.4.10 オランダにて by 妻撮影>
男は発車のベルが鳴ってもいつまでも身を乗り出し女との別れを惜しんでいた。女は発車間際に何か男に話し掛けた。男はそれに聞き耳を立てる様に身を少し乗り出した。そしてドアが閉まり快速電車は動き出した。ドアをひとつ挟んで左斜め前に座った女子高生三人が何故かかまびすしい。ホームではロックンローラー族女が何かを叫んでいた様だがわたしはドアの前にたたずむその男から目を離して少し目を瞑って久し振りに逢う彼女との今日の予定を頭の中で思い描いていた。
やがて次の停車駅である神田に着いた。わたしの右横でドアが開き老夫婦一組と休日出勤ぽい会社員風の中年男が乗って来た。朝も早く席は空いていたのでそれぞれ空いている席に座った。老夫婦はわたしの脇に座った。わたしは左斜め向かい側のドアに何気なく視線を移した。あの男は東京駅を発車した時のままの姿勢でドアの前にそれこそドアに触れんばかりの位置に屹立していた。わたしはベンチシートの右端に座っていたので、左端のそれも反対側のドアの前に立っている男の顔がよく見えなかった。
「この男はどうしてドアと睨めっこしているのだろう」・・・そう思った。
神田駅を過ぎると次の停車駅は御茶ノ水駅だ。電車は左に大きくカーブを描き秋葉原やその手前の万世橋を過ぎて神田川沿いの御茶ノ水のームに滑り込んで行った。珍しくここでも乗降客はそれ程多くはなかった。やがて男が立っているドアを挟んで斜め向かいに座っていた女子高生三人が嬌声を上げて笑い騒ぎ出した。わたしと、わたしと同じ側のシートに隣り合って座っていた老夫婦は訝しそうにその三人を眺めた。ドアが音を立てて閉まり電車は動きだした。
見ていると何とその女子高生の一人が席を離れるとあのリーゼント男の近くにそろそろと近寄って男の横顔を間近に眺めたではないか。女子高生の目は真ん丸に見開かれていた。そして口に両手を当てると急ぎ足で元の席に戻っていった。そして残っていた二人に何事か囁いた。そして次の瞬間、弾ける様な嬌声とも思える大きな笑い声が電車の騒音を圧倒した。女子高生達は男を指差しながら笑い転げている。わたしは不快な思いでその光景を眺めていた。たぶん隣の老夫婦も同じ思いだったろう。
<ここはオランダじゃないよ。東京は丸の内のとあるビルの中から by U3>
「何故この子達はこうも傍若無人に電車の中で笑いさざめいているのだろう」
わたしは女子高生が指差し、笑いの対象としているロックンローラー男を見詰めた。そして合点がいった。
男はリーゼントの髪先をドアに挟まれたまま身動きが出来なくなっていたのだ。
しきりに左右のドアに付いている堀込引手に手を掛けドアを開こうとしていた様だ。それをこの女子高生達が見つけて笑い出したのだ。そしてわたしはふと気づいた。
中央快速はこの先の四谷駅も新宿駅も進行方向に対して右側のドアしか開かない。つまりこの男はこのままでは中野駅で左側のドアが開くまで身動きできない状態のままだという事に・・・。
男は何かぶつぶつつぶやきドアを叩き始めた。わたしは男の格好には好感は持てなかったが見ていて何だか気の毒になった。そして四谷駅手前で神田駅で電車に乗った会社員風の男に声を掛けて事情を説明した上で協力して男を助ける事にした。四谷駅に着くとわたしと会社員風の男はリーゼント男の両脇に立ち、リーゼント男に一声掛けてからおもむろにドアの引手に両手を掛け思いっきり引いた。
次の瞬間、男はドアの前から解放された。
男は私たち二人には礼も云わずに涙声で女子高生の方を睨みながら
「バカヤロウ!」
と叫びながら電車を降りていった。何とも情けないロックンローラー族だった。
わたしははじめ自分がバカヤロウと云われたのかと思って少し驚きムッとしたが、その理由が分かり両手を広げて肩を少しすくませた。そして会社員風の男に礼を云った。その後その会社員風の男とすこし話をした。男はやはり「会社員風」ではなく「正真正銘の会社員」だった。新宿にある某デパートに勤めているという。わたしの高校時代の同級生が勤めている老舗デパートだ。わたしも新宿で降りる予定だった。彼女とのデートは新宿御苑だったからだ。新宿で二人は下車し改札を過ぎてから挨拶をして別れた。
わたしの思いはすでに彼女と待ち合わせた紀伊國屋書店前にあった。