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小説 誹謗中傷撃退法 中之巻中編 [深く考えさせられるお話]

”残暑が厳しいざんしょ!”

 「ミーはこういうおやじギャグが好きざんす。シェーッ!」

 てな事を書こうと思っていたらいつの間にか秋になってしまった様です。今年の暑さは酷かったね。でもその暑さともようやく別れを告げる時が訪れました。

 「暑さ寒さも彼岸まで」

 昨日からすっかり秋めいたお天気になってしまいました。 

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今年の旧盆八月十四日、佐原水生植物園にて。以下すべて同植物園にて撮影。  

<かつて遠いむかし、この花に託して物事の在り様、「因果応報」を説いた尊いお方が居りました>

 ほら、目の前に”原因”と”結果”が見えて居るではありませんか。

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 蓮花(原因)は咲いた時から種子(結果)が見えている。蓮は花が咲きはじめた時から既にその中心に種を宿しています。それに擬(なぞら)えたのが”因果応報”の本来の意味です。ひとの行いには原因と結果が初めからついて廻っているのです。けして原因が生じたからその結果が後から生まれる訳ではありません。開花した蓮の花の中心に既に種が存在する様に、何かを行(おこな)った時からすでに結果は存在し見えている。つまり決まっているのです。ただ人々はその事に気付かないだけ。

 蓮にはもう一つ人々がなぞらえる云い伝えがあります。

 蓮は汚濁にまみれた泥中から生まれ育ちやがて美しい花を咲かせる。

 たとえ人生の荒波の中で、一時の迷いによって汚濁にまみれ傷つき、心荒(すさ)もうとも、いつしか泥の中から生まれ美しい花を咲かせる此の蓮の様でありたい。

 失敗や過ちは隠そうとしてもけして消えてなくなりはしないし己の心にも人々の記憶にも残るだろう。しかしその様な事をいつまでも悔いたり恨んだり、居直ったり開き直ったとしてもその人にとって良い事など何も有りはない。

 因果応報、今ここにある自分は過去の自分の行状の上に成り立っている。その事実を消し去る事も結果を受け容れる事を拒絶したり運命に抗(あらが)う事も出来はしない。今此処にいる自分をあるが儘に有りの儘に受け入れる事が未来に繋がる第一歩であるという事だろう。空也上人の詠んだ歌から来た「捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」という諺もある。一身をなげうって自分の悪行を懺悔しその後の行いを悔い改めるならば、いつしか人々もその行いを見てその人を受け容れて生き存える事も出来るだろう。

 過ちは誰にでもある。しかしその後の人生が人によって大きく異なるのはそれを”こころの糧”にしたかどうかという事だろう。それ(過ち)を気にかけるよりも同じ過ちを二度と繰り返さないと心に誓う事の方が大切なのだ。何故ならばわたし達に過去を変える事は出来ないが、今をしっかり生きていれば未来は変える事が出来る、そして行動が全てであれば予見できる未来がそこにあるからだ。

 因果応報とは何もマイナスのイメージばかりではないのである。良い行いをすれば良い結果が訪れ、悪しき事をすれば災いが己の身に降りかかる。初めからそれは決まっている事なのだ。早くその事に気づいて因果応報を人生に生かす事が肝要である。

 過ちから己の至らなさを学び、そこから明日を信じて懸命に生きようとするならば、

 誰の心にもいつしかきっと、美しい花が咲く。 

 そして誰もがその様に美しくなったあなたを愛でる事だろう。

 そう信じて生きていきたい。

 誰を恨む事もなく。 誰を頼る事もなく。

 誰に期待するでもなく。 誰に何を乞うでもなく。

 ただ清貧に甘んじ 出来うる限り欲から離れる毎日を送る。

 小さな幸せを大事にし 足を知る。 けして大望を抱かない。

 自分を信じて 地道に 確実に 真っ直ぐに。

 正しいと思う道を 迷う事なく 一歩ずつ 一歩ずつ。

 その先にはこころ豊かな明日つまり未来が訪れるだろう。

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  本題に入る前に、ひとつ皆様にお伝えしたいと思います。
 Aはわたしがこの”出来事”を書く度に、わたしの記事にコメントした人達のブログに行って
「U3がAといっているのは実はわたしの事です。U3にあの様な言い掛かりを付けられて困っています」てなコメントを書いて居るかどうかは分かりませんがそれに近い事を言って近づいて来るかも知れません。お気をつけ下さい。Aに一度籠絡されたらそれをネタに脅されるか尻の毛まで抜かれるかどうかは分かりませんが、過去にAやIが交流していた人の弱みを握って嫌がらせをしたり仲間に引き入れていたのを確認しています。Iはこれで餌食になった人を雁字搦めにして言う事を聞かせるのを得意技としている様です。そのせいかどうかは分りませんが、Iの手先になってあれこれ裏工作をしたり、Iを擁護する発言を繰り返したブロガーDもおりました。とにかく一度取り憑いたら二度と離れない背後ちゃんAやIですからお気を付けて。わたしの話を信じる信じないはその人の自由ですが、これまでも云っている様にその判断の結果がいずれあなたの元に返って来る覚悟だけはして置いて下さい。ちなみに現在のIは知らぬ振りを通しており被害者に謝罪すらしておりません。Aは今でも複数の被害者に対して付き纏(まと)い行為を繰り返しています。

 ところで「わたしがU3の言っているAです」ってどこかで聞いた事がありますね。昨年の今頃に「井〇太郎」と名乗る人物がわたしのブログを訪れた方達のブログに滅多矢鱈とそんなコメントを貼り付けていましたよね。人間考える事は同じという事でしょうか。本音は人を踏み台にしてのし上がろうなんて考えていたんでしょうかね太郎君は。それともわたしを相手に得意な「言葉遊び」をしたかっただけなんでしょうか。だとしたら選んだ相手が悪かった。
 
ところで太郎君ちのブログに出没していた自分のブログに他人に成りすましてゲストコメントを入れている」とわたしが断定しちゃった「さなえちゃん」はいったい今何処(どこ)にいて何をしているのだろう。太郎君その消息を教えてタモーレ。

 あはは!現実の出来事はへたな小説などより余程面白い。これから話す事も現実にあった過去の出来事だが、人間というのはかくも愚かしい悲しい生き物だと云う事が良く分かるだろう。

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 今回は久し振りにちと長文である。”ブログ荒らし”直後からどの様な事があったのかブログ小説としてそれを改めて書いてみた。前回も書いた事だが、これは事実を元にして書いたブログ小説ではあるが あくまでわたしの創作によるものである。創作とは云っても過去の事実と大きく相違する事は一切書かれていない。わたしは事実と事実をつなぎ合わせて足りないところを推理してその隙間を一つ一つ埋めてこの物語を書き上げただけである。一部事実と相違する箇所もあるがそれはあくまで枝葉末節の部分だけであり根幹を成すものについては些かも事実と相違する記述をしていない。また事実と相違する記述については前回述べた通りの理由によるものである。また、この小説の中で個人を特定する事は一切書かれていない。この小説は暴露モノではないのである。従ってそれを期待する向きにはそれにお応え出来ないことを始めに申し述べておく。但し、登場人物の為した行為が明らかに法律を犯しており且つ現在はそのブログが存在していない場合においてはそのブログ名及びニックネーム若しくはハンドルネームの記述はこの原則から除外する事とし、当時の名称をそのままこの小説の中に記述する事もあり得る。過去のソネブロの対応から類推してこの事に法的な問題は些かもないと確信している。

 それでは物語の始まりです。

<前回からのつづき> 

 この様な結末を迎えたのにはAの反乱が大きく影響している。Iが(もしかしたらBも一緒になって)陰でAの名を騙(かた)ってあちらこちらに嫌がらせコメントを貼り付けている事実にAはようやく気がついた様だ。その事を知ったAは冷静さをなくし文字通り半狂乱になってIのブログにゲストコメントしたりソネブロ内に”steel〇h”などというニックネームで新たにブログを立ち上げて真相を暴露しはじめた。そしてその中でIの実名や職業などを公開して過去幾多のブログ荒らしはIがやったと書き記したのだった。

 それだけではまだ飽き足らずIのブログの常連やオフ会で知り合った人たちに連絡を入れたりわざわざ大阪や東京などに出向いて実際にメンバーに会ったりした様だ。そして「今回も過去のブログ荒らしも皆Iの遣った事だ」と触れ回った。触れ回ったその内容には攻撃した当事者でなければ知り得ない事実が多数含まれていたのには正直驚いた者も多かっただろう。そしてその一部始終を”常連メンバー”やソネブロの多くのブロガーが目撃してしまったのはIの想定外であった事は間違いない。

 Iが皆から信用を失い疎まれるのにそれは十分過ぎるほどの内容だった。AはIの悪行を暴露する事によって、数々の「ブログ荒らし」を実行したのはすべてIが主犯でやった事で自分はそれに巻き込まれただけで被害者なのだと訴えたらしい。しかし、Aの嘘や言い訳をもう誰も信じはしなかった。そしてこの事によって皆から決定的に嫌われ敬遠されてしまったのだった。Aがこれ以降誰からも相手にされなくなったのは云うまでもない。

 Iは悪魔で・・・じゃなかった。あくまで白を切ったが常連の殆どはこの時からIと袂を分かったのであった。騒動の概要と事実を垣間見た多くの常連メンバーがこの騒動に巻き込まれた事やそれらに関わった事に嫌気がさしたか馬鹿馬鹿しくなって(かどうかは分からないが)、ソネブロを去っていったりブログ活動そのものを止めてしまったのだった。

 Iはそうなっても”目的”を半ば達成していたのでそれで良しとした。”トモダチ”など居なくなってもまたいくらでも代わりは作れる。・・・Iはそういう考えを持つ男だった。事実、Iはそれ以降すぐに新たな”トモダチ”探しに蠢(うごめ)き始めた。そして現在の常連メンバーにこの騒動前のメンバーは一人も残っていない。この事があって、またBの手前もあって、IはAと関係を(一時的に)解消したかったのだろうがその後どうなったのかわたしは知らない。なにしろくっついたり離れたりこの連中は節操というものがない。”趣味”を共有する二人だから案外いまだに関係を保っているのかも知れない。何しろAは”共通の趣味”では得がたいパートナーだからAと関係を絶たないで置いて、その一方でBとの親密な関係を保つ事がIにとっては全ての欲望を満足させる一番良い方法に違いないのだから。たとえAとBが想像を絶する”犬猿の仲”であったとしても。

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 この一連の「ブログ荒らし」騒動の真相を明らかにしたのはわたし一人の力ではない。わたしだけが”広報担当”で目立ってしまったが、本当はわたしに三人を加えた四名が協力して真相を明らかにしたものだ。と云うよりもこの三人の知恵と勇気と忍耐強い地道な努力があったからこそ成し得たブログ荒らし騒動の真相究明であった。この四名こそ真実に迫るには最強のタッグだったと今でも自負している。

 Aは思わぬ方向から真相の解明をされたためにしばらく鳴りを潜めていたが、程なくしてまったく新しいブログをソネブロ内に立ち上げ当時のメンバーや我々に対して嫌がらせを始めた。Aとはそういう女だった。わたしはAのこのブログを当時は全く見ていないし相手にもしていなかった。この時から1年以上経ってAがわたしのブログに詰まらないコメントを貼り付けてから何度か「お相手」をしてあげた事はあるが、わたしが積極的にAと関わる事はなかったし今後もないだろう。わたしが問題としているのはあくまで「I一味」である。

 ブログ荒らしの首謀者であるIはわたしが参戦した直後は狼狽して何も手に付かなかった様だ。この事はわたしが行動を起こしたその日の内にDがわたし達の中の一人に探りを入れて来た事で露見した。と同時にIとBの「手下」であるDの言葉でわたしの個人情報がIの所属する企業からIに漏れた事が判明した。これはIの直接の上司から直に漏れた事は明らかであったし、それは法律に違反する行為だった。

 事の次第はこうだ。・・・Iの言動に憤慨していた人達を代表して、わたしは正規の方法でIの所属する企業にIの行為についての苦情を申し入れた。その際この企業の担当者の話では「個人情報を明らかにしなければ話は受け付けられない」との事だったので、わたしはその事を包み隠さず相手に伝えた。この企業は曲がりなりにも一部上場企業である。わたしの個人情報が悪用されようなどとは思わないのが当然だ。しかもわたしは、Iの嫌がらせに悪用される恐れがある事を述べてわたしの如何なる個人情報もIには伝えない様に要望し担当者はそれを了承したのだ。この企業は一部上場企業で従業員だけでなく顧客数は数十万へたをすると百万単位だろうと思われる。つまりれっきとした個人情報保護法に規定された対象企業である。・・・しかしあろう事かわたしの個人情報はその日の内にしかもIの直接の上司だという者とわたしが話をして1時間もしないうちにIに漏れていた。(Iはわたしがその上司と話をしている時そばにいたと思われる) そして、Dはわたし達の内の一人に対して電話でこう探りを入れて来たのである。

 「”セ〇ンド”さん夜遅くごめんね。あのさ、さっきIさんから電話があってね。Iさんの会社に個人的な事をタレこんだ奴がいるって云って来たんだ。声が震えていたし相当怒ってたみたい。それでね、Iさんは”セ〇ンド”さんを疑っている様なんだけれど、セ〇ンド”さんって北海道の人だよね。ね、おっかしいなぁIさんが会社から聞いた話では”攻撃してきた”のは”千葉”の人なんだって」・・・これが何を意味するのかは誰にでも分かる事だ。

 そしてI自身がこの数週間後自ら襤褸(ぼろ)を出す事になる。しかも決定的な襤褸でありこれを告発されたらI自身だけでなくIの所属する企業も間違いなく罪を問われるであろう過ちを犯したのだ。Iは何とわたしの個人情報をこの企業の内部のツテを頼って入手したと連絡を入れて来たのだしかもご丁寧にこれからこれを元にわたしに対してリベンジすると”宣言”していた。事実この後わたしの本名や住んでいる所はおろか職業や自宅の写真さえもソネブロ上に垂れ流されることになる。わたしは思わず笑ってしまった。

 「ああ、とうとうIは遣っちゃったよ~。越えてはならない一線を越えちゃったね。」

 「案外馬鹿な男だったね。もう少し利口に立ちまわる男だと思っていたのに」

 「暫く静観していれば焦ってもっと襤褸を出すだろうね」

 「そうですね。その点、無反応、放置プレイが一番面白い結果を生む様な気がします」

 「では皆さんしばらく高見の見物と行きますか!あはは」

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 実は、Iはこの事以前にメールでわたしに対して「宣戦布告」をしていた。その時点では誰かに相談して何とか”勝算”があったのだろうね。メールを見る限りにおいては得意になって「今に見ていろ」的な文言が踊っていたところから察するにわたしに勝つという自信があったのだろう。

 ・・・愚かだと思った。わたしがIなら絶対にこんな事はしない。敵に手の内をさらけ出すのは敗北の第一歩だという事をこの男は知らないのだ。知らないというよりもこの男の驕りから来る相手への侮りであったのだろう。相手を知らずしてその相手を侮るのは馬鹿のする事である。Iは知らなかったのだろうが一番敵に廻して怖いのは何をするか分からない相手なのだ。そういう意味では不意に暗闇からいきなり殴り掛かって来る様な相手が一番怖いのだ。つまり不意を突いて予想だにしない大胆不敵な行動を取る相手が何よりも恐ろしいという戦いの常識をこの男は知らなかった。

 ところでIは勝てるという目論見がなければわたしに宣戦布告する決心さえつかなかっただろう。その点ではAやDの方が遙かに度胸がある。Aは執念に凝り固まってなりふり構わずに、一方のDは尻軽で後先を考えずに感情に任せてすぐに行動に移すという違いはあるが(笑)

 Iはわたしに対して「菖蒲はこれから・・・」、じゃなかった、「勝負はこれからですよ」なんていう勿体ぶった事を書いて来たが、結局のところIがその後わたしに対してした事といえば、誹謗中傷と、名誉毀損と、嫌がらせを繰り返す事でしかなかった。Iの思うほどわたし達はこの事に不勉強でも馬鹿でもなかったし、罠に嵌る事も、挑発に乗る事もなかった。そしてここが一番肝要なところなのだが、Iらに攻撃される様な弱点がなかった。我々はIの目論見通りには動かなかったしIの想定外の動きしかしなかった。それでIらはわたし達を貶める事が出来ず、腹いせにいつもの通りの誹謗中傷でお茶を濁すしかなかったのである。

 わたし達はこの男の様に襤褸を出さない。何故なら初めから我々は誰一人襤褸を纏(まと)ってはいなかったから。普段の行いが正しければ襤褸を出す事はない。こういう時こそ過去にそして現在に至るも何をしたか、何をしているのかが問われるのだ。Iは自分が過去に何をしたか、そして今自分がどの様な行為に及んでいるのかさえも気づかず相手の襤褸を必死に探す様な間抜けな男だった。だから最後は(結局何も出て来なかったので)誹謗中傷の類で嫌がらせを繰り返すしかなかったのだ。わたし達は糾弾も一段落したのでしばらくの間Iの言動を高見の見物と洒落込む事にした。そうすればありがたい事にI一味は幾らでも自ら襤褸を出して呉れたのである。

 おそらくIはわたしもしくはわたし達の誰かを名誉毀損で逆に告発する事を狙っていただろうと思われる。何しろ名誉は受刑者などの禁治産者にもあるのである。しかしわたしは幾らI一味の誹謗中傷や名誉毀損がエスカレートしようと法を犯してまで相手を糾弾する積もりはなかった。わたし達は始めにどんな事になろうと、また、どんな事をされようとあくまでも遵法で行くと約束していたのである。だから法律すれすれの行為もしない、あくまで正攻法で行くと云い交わしたのだ。それがI一味とわたし達を明確に峻別する、つまりブログ荒らしとわたし達の違いを際だたせる事に繋がると信じていた。

 だからわたし達が法律を調べもせずに相手の名誉に関する事実を公表する事などあり得なかった。「敵を知り己を知れば百戦危うからず」と孫子も説いている。わたし達は十分に下調べをして、その事実を公表する事が公益に適う場合に限って真実を公表したし、公表に当たってはその他の法的な条件を全てクリアした上でなければブログ上でそれを明らかにする事はなかった。

 Iはわたし達の誰か又は全員に対して法的手段を用いられないと知るや、「さるがお」という名前で新たにソネブロに登録し誹謗中傷、罵詈雑言を垂れ流し始めた。これが一連の嫌がらせの舞台となったブログであった。

  一方のAは当初相当数のニックネームを使い分けていたがその後現在の名前に変えて同じく自分を嫌った人達に攻撃を開始した。

 Bは現在は表立ってブログ活動をしていないと思われる。

 Dは自分が承認した限られたメンバーにしかブログを公開していない。あまりにも多くの過ちを繰り返した結果、人々の人望を失い自分の世界を狭めてしまったといえよう。

 他人に成りすまして自分のブログに出没し、わたしの本名を挙げて”人殺し”だと誹謗中傷を流した「E」は、Aを除いたこのうちの誰かの可能性があった。

 わたしの推理では「E」の正体は限りなくB本人もしくはBに極めて近い人物だと思っている。

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 ところで、Bがわたしを敵視する様になったのはIとの関係を明らかにしたからである。わたしがその事を明らかにしたのは、ブログ荒らしが起こった原因がIとBの不適切な行為の”結果”にあったからだ。そもそもこのブログ荒らしはBのヒステリーに発端があり、それを解消する為にIが仕掛けたのである。これは憶測で話しているのではない。これが事実である事をその後の経緯は実証しているのだ。

 それはこういう事だ。もう一人のI一味であったDは自分のブログ上に於いて、わたしが二人の関係を明らかにしたことを非難し、あろう事か「IとBを添い遂げてあげさせたい」と自分のブログに書いたのだった。これでDはわたしが書いた事が事実だと”証明”してしまったのである。Dのブログを訪問する者はDがIとBの意向を受けて記事を書いていると殆どの者は思っていた筈だ。そこにこの様な事を書けば批判する者も当然現れる。

 話は少し本筋とは逸れるがお許し願いたい。わたしは思うのだが、Dは一体何を考えていたのかよく分らない。妻子持ちであるIをBと一緒にしてあげたいとは、言葉を変えて云えばIが妻子と縁を切りBと一緒になるのを望むという事である。Dは人の心の痛みがわからないらしい。離婚という事がどれほど子供に深い傷を負わせるかが分っていない。大人の身勝手に振り回される子供の不幸が分っていない。この事だけでもDには良識とかモラルというものが全く欠如しているのが分るのである。

 話を本筋に戻す。Dのブログを訪れる者の過半はIのブログの騒動を見て知っていた。社会的にも倫理的にも容認されない行為と、人々に迷惑を掛けた事を謝罪もせず陰で攻撃した人間を擁護し、それを糺した方を逆に中傷するその態度を見れば批判されても致し方あるまい。何にもましてDは自覚のないままにIとBの不適切な関係を世間に堂々と公表してしまった愚か者だ。その事によってDの思惑とは逆にわたしの書いた事が事実である事を証明してしまったのである。それはあまりにも愚かな行為であった。

 しかしDのこの一連の言動の中で一番頂けなかったのは人をおとしめる為に嘘をついた事だとわたしは考えている。いわく、

 「U3が実名を挙げてIとBの仲を公表した為にBが流産してしまった」とDはそのブログに書いたのだ。このとんでもない嘘の為にこれ以降わたしは「人殺し」呼ばわりを何度もされる事になる。

 わたしはこの事について何度か書いているがこれ程酷い嘘はないと思っている。第一にわたしは個人を特定してこの事を書いていないのである。伏字を使ったりAとかBとかCなどという風に書いたのであるから個人の特定など出来よう筈もないのだ。わたしが書いたのは「そもそもIと不適切な関係にあったある女が身ごもった事がブログ荒らしの起こった原因だ」と云う事だけである。それをDはU3が名指しで二人の仲を書いたと大嘘をついてわたしを貶めようとしたのだ。何度も言うがBはわたしが個人を特定してもいないのにどうしてその事にショックを受けて流産したというのだろう。Bにはわたしが書いた小説のストーリーに身に覚えがありなおかつ被害妄想癖があるという事だろうか。第二に、これが一番の大嘘なのだが、Bが流産したという事実はない」のである。従ってこれは真っ赤な嘘だ。Eが云っていた「酷い人間がおりました」とはわたしではなくE自身やこのDの事を言うのだとわたしは思う。

 これ程人々に心理的ショックを与える嘘をついて、しかもその事によって貶められる人間がいるのを十分に計算に入れてこの様な悪意ある言動をしたDは最低の部類に入る人間だと謂えよう。ちなみにBはこの後に無事出産し母子ともに元気でいた事をわたしは確認している。つまりわたしが「人殺し」だというのはデマだったのである。Dは今に至るもこの事についてわたしに一切の謝罪をしていないし、したがってサルでもできる「反省」もしていない。

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 ブログ荒らしは何故起きたのか!

 BがIとの欲望の果てにたどり着いた”結果”は二人の間にさまざまな波紋を呼んだ。それによってBはIにAを取るか自分を取るかを迫る事になる。それが「ブログ荒らし」が起こった根源的原因であった。多くの何ら関係のない人達にまで危害を加え迷惑を掛けた原因が如何なる理由があるにせよそこにある以上それを明らかにしない訳にはいかない。ブログ荒らしを起こしたのはBではなくあくまでIだが、Bが発端となった事と、その後B自身が誹謗中傷をソネブロで繰り返したという事実は、それらの文面から類推しても過去に幾多もあった嫌がらせにBが関わっていた事を十二分に想像させた。この事によってもBを擁護する理由などまったくないことを証明している。

 とにかく、Iがオフ会の様子を描いた自分のブログ記事での常連の異常なまでの(Iの誘導によるものだと考えられる)コメント合戦を悪用して、BやI自身が邪魔だと思っている人間を貶め排斥しようと図ったのがあのブログ荒らしの真相なのである。そして自分が作り上げた「geko」なる架空の人物(実在はするがその成りすましでIが作り上げた人物)とCをブログ荒らしの犯人に仕立てて血祭りに上げようとして失敗し、ついには本命のAを俎上に載せて犯人にしたのである。Iはつまり自分の「欲望」の清算のためにソネブロを悪用したのだ。

 Bはこのブログ荒らし以前にIとの”結果”を理由に十数年続いた夫と婚姻を解消せざるを得なかった。そして夫との間に出来た高校入学直前の子息は夫に引き取られた。全てBの身から出た錆ではあるがBはIの身持ちの悪さよりもIと交流のあった人達を恨んだのである。「これだけの犠牲を払ったのにわたしとIが一緒になるのを邪魔をする者がいる」、そう思っていたに違いない。それがAであり当初BがIを通してブログ荒らしのさなかに貶めた人達だった。Bが異常なまでに嫉妬深い性格なのはブログ荒らしを通じて知った事だが、それが原因で多くの何ら罪のない人達をも巻き込んだブログ荒らし騒動の責はIとともにBにもあるのである。BはDが語っていた様な被害者などではなくブログ荒らしとその後に続く数々の誹謗中傷や名誉毀損行為の紛れもない加害者そのものなのだ。

 I一味の主張する様に自分達が被害者だというのなら、そもそも当初から何ら関係のないわたしのブログに何故あの様な嫌がらせをしたのか!その様な事をしたからこそわたしの怒りを買い糾弾されたのだ。わたしは糾弾するに当たって事実関係を十分に時間を掛けて詳細に調べて公表しておりいい加減な事は書いていない。そしてこれこれこういう理由でブログ荒らしは発生したのだとその経緯も含めて原因を明らかにしたのだ。IやBは邪魔な者達に嫌がらせを繰り返しソネブロから追い出したと安心していたところに、歯牙にも掛けていなかったわたしに真相を明らかにされたからこそ慌てふためいたのだ。

 当初I一味もAもわたしが糾弾を始めた事を一ヶ月以上も知らなかった。あまりにも気付かないのでわたし達の仲間の一人がわざわざ「面白い記事がある」とIに伝えて、Iがそれに誘導されてわたしのブログ記事を見てはじめて知ったという訳だ。その慌て振りは微に入り細に入り逐一わたしに伝わって来た。何故ならその頃にはわたしの情報網はソネブロ内外に張り巡らされていたのだ。思いもしなかった人間に真相を明らかにされて驚かない人間などいない。IもBもそれは例外ではない。ましてや慢心していたのだから尚更だ。そして皆の目の前で誰も知らなかった真実を明らかにされたBやIのその驚きは、やがて怨念となってブログ上に現れる事になる。それがわたしに対する陰湿な嫌がらせや誹謗中傷や名誉毀損行為だった。

 わたしは思うのだが、IやBはわたしの云う事など無視すれば良かったのである。それなのにIやBはDを利用して身の潔白を訴えたり人を貶めようとしたが故に返ってわたしの云っている事の正しさを証明してしまった。そして恥の上塗りとも気付かず、わざわざ嫌がらせ専門のブログまで立ち上げてまで、あの様な過剰な反応をしてしまった為に、この者達は身に覚えがあるのだと誰の目にも映ってしまったのだ。もしI一味が主張する様に何もしていないのならばあの様な誹謗中傷や名誉毀損などする事もなかっただろうし、その様な不法行為をした事によって返ってブログ荒らしの主犯格である事を白日の下に晒す事もなかっただろう。わたしはあの時Bに向かってこう云った筈だ。

 「生後二ヶ月にも満たない乳呑み児をほったらかして何をしている!」

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 わたしは何も好きこのんでこれらの事柄を明らかにしたのではないし介入したのでもない。わたしも大半の人の様に被害に遭わなければ知らぬ振りをしても良かったのだ。それこそ「あ~あ、ここにも馬鹿がいるな」で済ませられたのである。だがわたしはこの者達によって被害に遭った。何らブログ荒らし一味と縁もゆかりも関係もないわたしのブログに不快なコメントを何度も何度もしつこく貼り付けた馬鹿者はIでありAでありBなのだ。わたしはIのブログの常連ではなかったし訪問した事も一度きりしかない。「ろく〇なし会」というオフ会に参加した事もなければ、Iの常連メンバーの誰かと親しかったという事実もない。そんなわたしのブログに対してさしたる理由も無しに「面白半分」に嫌がらせをしたからこそわたしの怒りを買ったのだ。

 わたしが介入せざるを得ない原因を作ったのはそもそもこの愚か者達だ。すべては冒頭で述べた”因果応報”なのである。人に嫌がらせをすればやがて自分もその罪を咎められ不快な思いをする事になる。人に優しくすれば人からも優しくされるのとまったく逆の事をして人に慕われる事も好かれる事もありはしない。

 この様に、誰彼かまわず悪さをすればいずれその事を良しとしない人物が必ず現れてくるのは火を見るよりも明らかだ。もしそうされたくなければ当事者同士で、なおかつ話し合いで事の解決を図るべきだったのだ。そもそもこの様な極めてプライベートな事柄はブログなどを使って解決を図る様なシロモノではないのだ。ソネブロという本来多くの人が楽しむ為に開かれた場所をおのれの私利私欲のために汚して、尚かつ多くの人を巻き込んで事の解決を謀ろうなどと目論んだIやBの方が間違っているのである。恨むならIを恨めとBに云っても分る女ではない事は分っている。

 わたしが一番不快だったのはI一味の中で際立った動きを見せた「E」であった。Eは昨年わたしに言い掛かりを付けて来た「井〇太郎」のブログにも出没してわたしの事をあいも変わらず「人殺し」とコメントしていたがこのコメントをこのブログのコメント欄に貼り付けたのはE本人ではない。Eに成りすましたAだ。AとEは聞きしにまさる犬猿の仲である。その絶対に相容れない相手であるAのブログをEが紹介する筈もなければURLを貼り付けて誘導する事もあり得ない。

 これはAがわたしと「井〇太郎」との間でトラブルが発生したのを機に皆の注目が集まっているところを狙ってわたしを貶めようと放った矢である。普段からAは記事を出したり引っ込めたりしている。それは過去何度もソネブロによって迷惑行為を理由にブログを閉鎖されたAがその対抗措置として編み出した戦法だ。そして出したり引っ込めたりしている記事というのは殆ど他人の記事をコピーして”加工”したものだ。そして”U3は人殺し”とEのコメントを装いなりすましたのはA以外の何者でもない。過去記事をコピーして改ざんしたコメントを貼り付けるというのはまさにAの「お家芸」だ。この手口を過去に何度も使って手馴れているのはA以外にいないのだ。そして何よりもAとEの間に協力関係が成り立たない絶対的な理由がある。それはEを過去に名乗っていた者の正体がB本人もしくはその息の掛かった者だからだ。Bこそ間違いなくAからIを奪い取った絶対に許すべからざる相手なのだから協力関係など築ける筈もない。

 そのEだが、「通報」を受けて二度ほどEの書いたという記事を見に行った事がある。それから判明した事は、Bは北海道に住むEと名乗る人物からニックネームとパスワードを借りて記事を書いていたか、E本人に依頼して記事を掲載していかのどちらかだろうという事であった。それは記事の内容を見れば一目瞭然だった。BもしくはIしか知りえない事実がそこには当たり前のように書かれていたが、それよってこれを誰が書いたのか、または誰からの情報に基づき書かれたものなのかは明白だった。

 ちなみにAとBはIを挟んで完全に敵対関係にあったが、Aはその確執以来”敵”とみなした者のすべての関連記事をコピーして保持しているのでいつでもそれらを悪用して成りすましや嫌がらせ行為を繰り返す事が出来たのである。だから「井〇太郎」の時もそれがすぐに出来たのである。そして今でもその様な行為を止めてはいない。わたしが知るだけでも被害者は今でも五名はいるのである。

 ところで、Eは自分で自分のブログに他人に成りすましてコメントを書き込むという”離れ業”をやってのけたソネブロにおける「ネット成りすましの元祖」である。この”女”は「こんな酷いブログがありました」とわたしを告発すると称してわたしだけを標的にしたブログをわざわざ立ち上げたのだ。そして自分の立ち上げたブログにわざわざゲストでコメントを貼り付け、他人に成りすまして無辜の人間を”人殺し”呼ばわりしたのである。これがまともな人間のする事だろうか?

 「歴史は繰り返される」

 数年後今度は前出の太郎君が成りすましを見事演じたり拙ブログを訪問した方のところに行って「U3がAと言っているのは私です」というコメントをソネブロ内に大量にばらまいたのには恐れ入った。遣った事はI一味がした事と瓜二つだ。しかしこれは偶然ではない。太郎君のブログの常連の中にはIが”事件後”に獲得した新たな常連もいたのである。昨年の”あの時”わたしのブログに太郎君を擁護しわたしを侮辱するコメントをいれたのがその「常連」である。だとしたらその手口を知悉しているのは当たり前といえる。これは偶然の一致ではなく必然の一致である。
ねぇ「m〇〇〇f〇君」(爆)←これはIの常套句なので拝借しました。あはは!

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 話をEの件に戻そう。この者の口上通りわたしに事実を明らかにされたBに同情したかどうかは分からないが、わたしを「告発」する為にわざわざブログを立ち上げたと喧伝していたEだ。しかしこんなまともではない手段を用いてまで、赤の他人をしかも何らその根拠も示さず人殺し呼ばわりする事自体にどれ程の正当性や合法性があるのかわたしは知らないし知りたいとも思わない。というよりも殺したとされる者が生存しており根拠がまったくない

 虚偽の事実を以って他人に対して人殺しだと断定するのは紛う方無き誹謗中傷行為であり名誉毀損であり、それは取りも直さず明々白々な刑法上の犯罪行為だ。しかもこれは立証されれば民事も刑事もありえる「事件」である。そして名誉毀損は刑事で有罪になれば禁固刑もありえる重罪である。わたしは思うのだが「卑劣」とはこの女の事を云うのだろう。なお、Eはブログ上は自称男だった。たしかそうだよねB(笑)

 ところでEのブログに常連として別名で名を連ねてわたしを非難するコメントをしきりに書き込んでいたのはあの「D」だった。Dは間違いなくEが誰であるのか知っていた。というよりもB本人から直接にこのブログが開設されるのを聞かされた筈だ。だからこそDは開設当初からこの様なブログの常連になりせっせと同調するコメントを書いていたのだ。しかも別名で書いていたというのはやましい心の現われだと誰しもが思うことだろう。Dは別名である事をいい事にわたしに対して誹謗中傷をし放題だったのは云うまでもない。

 それと平行して、Dはこの当時わたし達の中のメンバーの一人に探りを入れ動静を逐一「I」や「B」に”報告”していた。もちろんわたし達の仲間がわたし達の行動を相手に伝える事などあり得ない。相手の動揺を誘う情報なら幾らでも流す事は出来たがわたしはそれはブログに公表するという形で実施した。陰でこそこそは嫌いだったからだ。わたしはこの様な事をしてはいけないと二度に渡ってDに忠告をしたが聞く耳を持たないので云うのを止めた。Dを庇う人もいたがわたしはその時点で「DはI一味の中の一人」であると判断した。

 一人取り残されたAはこれ以前もこれ以後もIにもBにもDにも、そしてわたし達にも相手にされなかったので単独行動で独自に嫌がらせをする事に決めた様だ。それは何の結実もない空しい行為だが、Aは妄念と偏執の人だ。人を恨み、罵り、嫌がらせを繰り返す事によってしか喜びを見出せず、他人を攻撃する事によってしか生きられない哀れむべき人間である。因果応報だから同情は一切しないが。

 「E」は北海道からアクセスして来た。しかし、だからといってこの者が北海道に住んでいるとは限らない。北海道に「仲間」さえ居ればその名とパスワードを借用してEという第三者に成りすまして悪さをする事は可能だという事だ。何とも手の込んだ遣り口である。わたしの自宅の写真もこの者達によって実際に「さるがお」のブログの中で悪意あるコメントと共に掲載されたが、何もIが実際にわたしの在住する千葉県まで出向いて写真を撮った訳ではない。全て千葉県内に住む”共犯者”がやった事だ。誰だか公表はしないがそんな事があったという事実をわたしはけして忘れはしない。

 Iはそれまでのブログは何食わぬ顔で続けながら、その一方で「さるがお」と名乗って嫌がらせ専門のブログを新たに立ち上げた。そのブログタイトルは「だってサルだもん」という何とも人を喰ったタイトルであったが、これは被害者でありなおかつ真相を追究したわたし達の中の一人を揶揄したタイトルだった。そしてこのブログの内容はI本来の歪んだ性向を余すところなく発揮するえげつなさだった。何度もソネブロはこのブログを閉鎖したがそれを嘲笑うように何度も名前を変えてブログを立ち上げては嫌がらせを繰り返していた。ソネブロはこの事実を掴んでいるし過去何度もブログ閉鎖を執行されているのでわたしは敢えてこの名前を伏せ字にしないと決めた。

 Iが「だってサルだもん」というブログを足掛かりにやった悪事は相当なものである。名古屋在住のある被害者はI自身もしくはIに近い人間の手によって愛犬を毒殺された疑いが極めて高い。愛犬が何者かに毒物を盛られて口から泡を吹いて死んだその直後に「だってサルだもん」に踊った記事のタイトルは何と「犬死に」である。

 「犬死に」の内容は、この被害者の犬の様にわたし達が死ぬだろうというI大明神の「ご宣託」であったが今のところその予言はまったく当たっていない。そしてその文面はこの被害者を侮り揶揄し脅し挑発するものだったが、その中には愛犬を実際に殺した者にしか知る事が出来ない「事実」が含まれていた。この事でわたし達の怒りは沸々と燃え上がったがそれは静かな怒りだった。わたし達はこの事によって誰一人冷静さを失う事はなかったし返ってI許すまじという決意が固まった出来事であった。わたしは当時この事を重く見て告発記事を矢継ぎ早に更新した。わたしはI等の攻撃を一手に引き受けていた。皆にはこの事には触れさせずにわたしだけがこの事に言及し糾弾したのだ。I一味を絶対許すまじ・・・皆の思いは一緒だった。

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 ソネブロは「さるがお」の書いている記事はブログ規約の禁止条項「迷惑行為」に該当するというわたし達の言い分を認めこのブログを閉鎖した。しかしIはニックネームを「さるがお2」に変えて再び嫌がらせを始めた。そしてソネブロ当局も再度このブログを閉鎖したがIは更に「さるがお3」を作り、自分がソネブロに睨まれて存続が危うくなる恐れを感じたのでBにバトンタッチして嫌がらせを続けた。最終的にさるがおは「4」まで作られたがその頃になると被害者が次々とブログ休止かソネブロを去っていった為、やがてこのブログも攻撃対象を失い更新がされなくなった。そこでIはわたしだけに対象を絞った「船橋発」というブログを作って攻撃をはじめた様だが、わたしはその頃になると仕事が忙しく馬鹿の嫌がらせなど相手にしている暇はなかった。わたしからの反応がなくIは楽しみが減り切歯扼腕していた事だろう。一連の「さるがお」の書き手はIとBである。そして暇でまともではない人間しかこの様な事はしない。

 ところで名誉毀損の時効は2年だ。だとしたらIやBやDが為した名誉毀損はもう時効である。

 しかし嫌がらせをしたこれらの者達の中で唯一時効が来ていない者が存在する。それは去年「井〇太郎」のブログに人殺しとコメントした「E」を名乗る人物だ。あれから1年が経過したがまだ時効は1年残っている。ソネブロはわたしがこの事に関して質問した「Eは誰か?知っているのならその事を明らかにして欲しい」という問いに対し「ゲストでコメントしているので追跡できない」と初めは答えていた。

 それでわたしは、「Eの正体はこれこれの事由によりBではなくAだと推定している」とソネブロに伝えたところその後しばらくして「Aには指摘された行為の形跡があるので監視体制に入った」旨連絡があった。しかしその後何の連絡もなく進展がないので監視の結果を改めて確認したところ、「この人物が誰であるのか法規上教えられない」と答えを改めている。

 つまり「E」と名乗った者が誰かをソネブロ当局は本当は掴んでいるという事である。そしてわたしが「警察を通して協力を申し出た場合はどう対応するのか」という問いに「捜査には法律に則って協力する考えがある」と明言した。これはかなりの進展であるとわたしは思っている。実害が出ればわたしはいつでもこれを実行に移すだろう。

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 ブログ荒らし一味のその後についてわたしの知る範囲の事を皆様にお知らせしたいと思う。

 Aは生来の嫌われ者であり嫌がらせは天性のものだ。しかし性格や性向を変える事は出来ないが悪い性向ならそれを押さえる事は出来る。しかしこれらの事を矯正するには相当の努力が必要だがこの者はその努力はまったくせず自分の感情の赴くままに今なお嫌がらせを繰り返している。つまり弱い人間なのである。わたしはこの女を殆ど相手にしていない。これはわたしだけでなく被害者や加害者にも共通したAへの態度だろう。従って今でも一人でシコシコから実りのない嫌がらせを繰り返しているのがこの女の日常である。

 Bが今どうしているのかは知らない。未だにIと”関係”が続いているのかどうかも分からない。しかしIが最終的に現在の家庭を捨てなかった事は確実で、この二人が結ばれる事は叶わなかった。Iの欲望に翻弄されたBの10年間だったと云えるだろう。Dは上記でも書いたとおり許可したメンバーにしかブログを公開していないのでその後を知る由もない。たぶんブログ活動は停止しているだろう。

 Iはわたしに対して”宣戦布告”をして置きながら、おんな達を操って散々悪さをして自分の手は一度も汚さなかった卑怯者だ。臆病者と言ってもいいかもしれない。何しろわたしに対しても、糾弾した他の人達にも報復するとIはメールで明言しているのである。(このメールはいつか公開します)その報復の内容が誹謗中傷や名誉毀損程度、しかも自分は一切表に出ず、おんな達を終始操っての嫌がらせだったのである。そして「ブログ荒らし」の発端となった自分のブログで5周年を迎えた今年の春、その”終結宣言”を誇らしげに語っていたという。

 という・・・というのはわたしはそれを直に見てはいないし、人からの伝達によってそれを知ったからである。それが本当であるならばお笑いである。一方的に「宣戦布告」して来た者が相手が「降参」もしていないのに「終結宣言」をするとはどういう事なのだろう。Iは一人芝居が好きなのだろうか?いつもながら小心者のくせに虚勢だけは一人前である。

 この者が語るリベンジなるものの中身は今までに書いた通りである。所詮「その程度」の嫌がらせで終わる事がこの者の「終結宣言」の中身であるとしたら呆れるばかりだ。Iの「リベンジ」なるものは竜頭蛇尾に終わった。所詮正面切って相手に対峙出来ない臆病者である事を世間に晒した、何ともこの男らしい犬の遠吠え的終わり方であったと思う。

 しかしIが終結宣言をしてもこの一件は終わりはしない。Iが名指しで宣戦布告をしたのはIを糾弾した他の三人ではなく紛れもなくこのわたしなのである。Iはまったくわたしという者を知らずに戦端を開いてしまったが、Iのわたしに対する誤った判断は多くの墓穴を掘る事になった。U3は名誉毀損や誹謗中傷や陰湿な嫌がらせに根をあげる様な相手でもなかったし泣き寝入りする様な相手でもなかった。見込み違いとはこの事を云うのだろう。

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 この「糾弾」は「真実」を明らかにするまでけして終結しない。わたしは遣られたら黙っていない。この強い決意が類似した”事件”を二度と起こさせない為の最良の方法であると考えている。更に、この様な事を二度と起こさせない為にもブログ荒らし一味の手口を知っておく事は重要である。その為の”啓蒙活動”をわたしは今後も折に触れて続けて行く。今後も何かあればわたしの鉄槌はI一味の上に振り下ろされるであろう。したがってこの者らが因果応報が身に滲みて分かる迄終わりを迎える事はない。悪や間違った行いを見過ごすしてはいけない。断じて見過ごしてはいけない。わたしの決意はそれ以上でもそれ以下でもない。

 Iは過去の幾多のブログ荒らしの主犯である。この男は以前から複数のブログを他人に成りすまして運営していたし、そのブログやオフ会で知り合った人達の中からターゲットを見つけ出し、携帯電話やメールやブログやSNSや2チャンネルなどあらゆる通信手段や情報媒体を悪用してあちらこちらで嫌がらせを繰り返していた。

 今回は荒らしが起こった後の事を話したが、次回はブログ荒らしそのものの「真実」をお話しする事としよう。そうする事によって何故あのブログ荒らしが引き起こされたのか更に理解が深まると思われる。そして理解が深まるという事は、それ自体ブログ荒らしの防止に繋がるものと確信している。

 次回はI一味だけでなくこのところずっと言及していなかった「風評被害のおんな達」がI一味とどう関わってどう繋がっていったのかについても改めて話したいと思っている。えっ、Aがその中に入っていない?。ええ、敢えて入れていませんよ。入れていなくとも割り込んで来るのがストーカー女ですから。

<つづく>

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 シリアスな話題が続いているのでお口直しに笑い話を一つだけして置きましょう。

 わたしがブログを始めた頃、電子ピアノを習い始めたという若い女性がいて

 わたしはそこに時々コメントしていた。

 この女性はわたしのコメントにはいつもコメントを返して下さる律儀な人で或る日わたしが書いた

 「ピアノのクラシック曲にはまっています」というコメントに対して

 「好きなアーチストは誰ですか?」とコメントを返して下さった。

 わたしはそれに対して「Chopinです」と簡潔にお答えした。

 その律儀な女性はまたもコメントを返して下さった。

 そしてそのコメントにはこう書かれてあった。

 「あの、、、”チョッピン”って誰ですか?」

  


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吟遊詩人41

秋っていうか、、、冬じゃないっすか(>_<)
さっき散歩行って遭難するかと思いましたよ!
by 吟遊詩人41 (2010-09-25 02:46) 

Silvermac

今日、初めて予報は30℃をきって、29℃になりました。(*^_^*)
by Silvermac (2010-09-25 06:45) 

たいへー

蓮の花の如く生きれたら、きっと幸せなのだろうな。^^;
by たいへー (2010-09-25 07:33) 

Cecilia

長文読ませていただきました。
(目がチカチカします。)
蓮の花の話のところですぐに米良美一さんを思い出しました。
著書の中で同じようなことを書かれていますので。
by Cecilia (2010-09-25 07:49) 

袋田の住職

やめて~~♪ そのチョッピン♪
じゃ歌になりませんね・・・
ざんしょのギャグは今年は使えましたね。
あがけばあがくほどボロが出ますね。
それによって悪事が明らかに・・・
たとえ、法律上の時効が来ても、
自分のしたことは一生消せませんので・・・
by 袋田の住職 (2010-09-25 08:12) 

どぼちょんぱぱ

が、ちょ、ぴーん!
by どぼちょんぱぱ (2010-09-25 11:25) 

枝動

昨夜来の重大ニュースで、近未来への希望を無くしていましたので、かなりな長文に正直疲れました。(頭に叩き込む為、二度読みする癖があります)
「最後に正義は勝つ」、幼少の頃ヒーローを信じたように、そうありたい。
by 枝動 (2010-09-25 14:24) 

U3

本当に重大ニュースですね。
菅政権は歴史に残る国辱的判断をしたと思います。
菅ではアカンなと思います。これから事はもっと大きくなるでしょう。
by U3 (2010-09-25 15:27) 

chunta

チョピンですか・・・・
中一の春の次男レベルですな

定番ながら ノクターンが好きです  笑
by chunta (2010-09-26 00:36) 

nyankome

今日(もう昨日ですね。)オール・チョッピンのコンサートに行ってきました。
今年は何年分もChopinを聴きました。(^^;)
それにしても、空気が入れ替わると見事に涼しくなりましたね。
by nyankome (2010-09-26 01:12) 

aranjues

更に続きがあるんですね、目がしょぼしょぼになりました。
疲れ休めにアルゲリッチのチョッピンでも聴きます(笑)。
by aranjues (2010-09-26 11:23) 

U3

 どうも中国人船長釈放は仙石官房長官の独断で行われた可能性が高いですね。逮捕前の協議では仙石官房長官は逮捕に消極的でその時国交大臣だった前原外務大臣は強硬姿勢だったようです。官房長官は前原外務大臣が居ない間に法務大臣を二度にわたって呼びつけて検察に事態を収拾する働き掛けたそうです。
 仙石さんはどうも亡国の臣であるように思えてなりません。わたしは国粋主義者でも右翼でもありませんが日本の主権を侵しているのは明らかに中国です。中国は日本だけでなくベトナムやフィリピンとも西紗諸島や南紗諸島で同様の紛争を起こしており過去に銃撃戦に発展した事もあるそうです。覇権主義、侵略主義は最早日本から中国に移った概念のようです。
 軟弱日本外交は亡国の元。その事を国民は今度こそ「本当の民意」として菅政権に訴えて欲しいものです。
by U3 (2010-09-26 12:29) 

みっきぃ

私の僧名も蓮に由来のある名を頂きました。恥じないように行動しなければなりませんね・・・
恐ろしい事に一瞬私もチョッピンと読んじゃいました(@_@;)
いや、一瞬ですよ~~~
by みっきぃ (2010-09-26 16:15) 

楓〇

冒頭の親父ギャグで笑い
途中の美しい蓮の花の画像で癒され
最後のオチと皆様のコメントで大爆笑しました。

私も近未来に希望が見出せないニュース続きで
心が疲れて仕事で身体が疲れて
文章が頭に入らないので
チョッピンを聞きながらゆっくり休んだら
改めて拝読に伺います♪
by 楓〇 (2010-09-26 21:07) 

sorasora

チョッピンの名曲聞いときます(笑)
by sorasora (2010-09-27 09:06) 

mochamama

今頃ですが・・・
うちの犬はchopinと書いてショパンといいます(笑)
by mochamama (2010-10-03 21:56) 

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