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正しい選択! [真理の探究]

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 果たして日本における”多数決の原理”は民主主義の正しい在り方を証明しているか。

 今の日本の現状を見る限りにおいては残念ながらそうとはいえないだろう。
 こと政治の世界に限って見れば多数決の原理は弊害のみが目立つ。いわゆる「ねじれ国会」を解消するとして、安倍晋三衆議院議員を首班(総裁という意味ではない)とした自民党が「決められる政治」を標榜
して議席の過半数から2/3を確保するようになって今日に至る。そのことがどの様な事態を招いているのか。
 その結果、数の論理で十分な審議を尽くしたとは云えない法案が次々と成立している。これは果たして国民の望んでいたことなのか。これが「決められる政治」の実体か。訳の分からない法案が次々成立してしまうことの恐ろしさを、我々はもっと認識すべきだ。
 確かに多数決で議決することは必要だろう。そう反論する人たちの顔が見えて来そうだ。しかしそれは公平性と透明性と国民の意思が確保されていてこその原理原則だ。
 法案の成立が国民の意思を正しく反映しての結果であれば、それは正しい選択と云えるだろう。だが現実は間違いなくそうはなっていない。
 現状は、「国民の負託(正確には選挙民の負託)」を正しく反映して法案が成立するのではなくて、政権与党の「党利党略」に基づいて決定される。そこに国民の意思は存在しない。
 憲法や公職選挙法の規定では代議士は選挙民の負託に応えなければならない筈だが、現実には政党の方針に縛られており、法案ひとつひとつの賛否を自由に選択することが出来ない。
 党則と党の方針に逆らえば除名されるか離党するしかない。だから代議士は本来自分の選挙区の選挙民の負託に応えなければならない筈なのに、党の方針に縛られ、選挙民の意志とそれが異なっていたり乖離していたとしても党の方針に従わなければならない。

 だが果たして党利党略に沿うことが民主主義なのか。

 否、これは不自由そのものだ。名は体を表すというのならば、今年九月の総裁改選を機に、「自由民主党」は「不自由民主党」に党名を変えるべきだ。略称は「不民党」に決定打、、、、、ぢゃなくって「決定だ」。そしてこれこそが国民の負託というものである。
 安倍政権になって以来、自公連立政権が提出する法案の中身はまるで、リーマンブラザースが破綻する原因となった「サブプライムローン」のようである。国民が望む優良債権(国民生活を向上させたり、国民福祉を向上させる法案)の中に、国民が要求しても、望んでもいない不良債権(国民にとって不利益な法案)を取り混ぜる。その法案に国民の過半が異を唱えると「痛みを伴う改革」などという真実をまったく伝えていない欺瞞に満ちた政策を掲げて、裏付けとなる資料を捏造したり、真実を語る資料を
秘匿するという様な姑息な手段を常套手段として、歪んだ国会運営を続けて来た訳だ。
 これでは「優良債権法案」だけ良い法案だからと強調して、「サブプライムローン
法案」は余り話題にならないように国民の目を逸らすように仕向け、欺き、ついでに通過させちゃいますよ〜と言っているようなものだ。

 日本国民はこの様な事にいつまで欺され続ければ気が済むのだろうか。

 こういう事を書くと「安倍総理はそういう人ではない。歴代最高の総理大臣だ」等と息巻く御仁も過去三度現れたが、果たして今もそう云えるのか。

 わたしの答えはひとつだ。

「今の政治は国民の付託に応えていない。もし安倍晋三総理大臣がそうでないというのなら、付託に応えていない自由民主党そのものが国民を欺く元凶なのだ。だとしたら逆説的かつ結果的に、安倍晋三総理大臣こそ(そのもの)が国民の付託に応えていない駄目な政治家なのだ」


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 これを解決し民主主義の原理・原則を取り戻す方法はたった一つしかない。

 それは米国の議会制度を見倣うことだ。

 米議会は二大政党の共和党も民主党も、各法案の裁決に際し、党が法案の賛否を指示したり強制したりはしない。法案ひとつひとつに対する党の方針はあるだろうが、けしてそれが絶対的かつ強制的な採択の可否を求めるものではない。十分な話し合いと議論の中で議員ひとりひとりが最終的に法案の賛否を自分の意志で選ぶのだ。
 勿論その時点で各議員は自分の背後にある選挙民ひとりひとりの顔が脳裏に浮かんでいる筈だ。何故なら下院議員だろうが上院議員だろうが選挙民の負託を受けて当選しているからだ。そして各議員は所属政党の方針よりも選挙民の意志を優先する。議員が選挙民の意志と異なる選択をする場合は、
選挙区に戻ってその了解を得なければならない。何しろ米国民は「物言う国民」なのだ。それを無視すれば次回の選挙で再選されることなどまずあり得ない。
 当然のことだが議員自身も自分の理念と意見は持っている。だから政治を志し政治家になったのだ。日本のように、政治にずぶの素人が誰かに推されて代議員になって、それから政治理念(実際は党利党略に基づく党の方針)を一から学ぶなんてことはあり得ない。それでは本末転倒ではないか。
 初めに理念と信念ありき。だから幾ら自分を支持する選挙民といえどもポピュリズムに陥らないように慎重に行動している。選挙民の声は聞くが世論に安易に迎合はしないのだ。たまにトランプ大統領のようなポピュリズムの権化のような人物を選択してしまうこともあるが、必ずその反省は次の大統領選で生かされるだろう。つまり揺り戻し現象は起きるだろう。

 すこし脇道に逸れてしまったがこの辺りでそろそろ結論に入ろう。

 米国の議会政治では、あくまで所属政党は同じ思想や共通理念を持つもの同士を結びつける大きな「器」でしかない。拘束力はあるがそれは日本とは比較にならないほど緩やかなものだ。
 日本のように一つの政党が党利党略と党の方針を優先し、それによって所属代議員を懲罰的な方針で拘束し、代議員の背後にいる筈の選挙民の意志を黙殺することなどあり得ないのだ。選挙の時だけしか代議員にYes or Noを云えない日本の政治システムと国民の意識の在り方こそが根本的に間違っている。

 米国議会議員は所属する政党に忠誠を誓うのではなく、自分を当選させてくれた選挙民ひとりひとりに忠誠を誓う。ロイヤリティー(忠誠心)は所属政党に誓うのではなく、選挙民ひとりひとりに誓う。だからこそ、その責任も重く、かつ遣り甲斐もある。

 そしてこれこそが本来の民主主義というものである。

 それでなければ多数決の原理は形骸化し本来の意味をまったくもたない。

 そしてそれは「多数決の原理」ではなく「数の横暴」である。

 果たしてそれを、日本国民は本当に望んでいるのだろうか。


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KINYAN0829

コメントありがとうございます!
そういうシーンではなかったです。
映画の中内容がまだわからないですが、そんなシーンがあるかも知れませんね(^ ^)
by KINYAN0829 (2018-04-15 14:37) 

johncomeback

拙ブログへコメントありがとうございます。
「神も知らない結末」はきっとあるでしょうね。
そもそも僕は宗教に興味はありますが、
特定の宗教を信じていません(^^)
by johncomeback (2018-04-15 15:50) 

hatumi30331

焼肉にビールは最高です!^^
美味しい物食べて、飲んで・・・食べ歩き〜楽しい一日でした。^^

幸せな人が一人でも増えるように・・・
世界の政治家たち!
ちゃんと仕事しなさい!
by hatumi30331 (2018-04-15 16:12) 

g_g

ナイス&コメント有り難うございます。
この際衆議院解散したらどうでしょう・・・
by g_g (2018-04-15 17:40) 

八犬伝

まったく、とんでもない政権が続いています。
これで安部を下せないなら、自民党そのものの責任です。
自由で、民主主義なんて
ひとかけらもない政党ですね。
by 八犬伝 (2018-04-15 18:18) 

横 濱男

恥ずかしくないのかなぁ~!!
もう、アホらしくて・・・。
わが家の近くは、割りと火事が多いです。
住宅が密集しているので、火が出ると怖いですね。
全てが無くなりますから。。

by 横 濱男 (2018-04-15 19:48) 

KOME

安倍さん自身というより、〇✖会議があやしいような気がするのですが、あまり調べるとやばい感じがします。
by KOME (2018-04-15 20:28) 

yoko-minato

民主主義についてしっかりと
考えたいと思いますね。
by yoko-minato (2018-04-16 12:30) 

ハマコウ

いろいろな人と豊かにかかわることが大切だと、改めて気付きます。
by ハマコウ (2018-04-17 04:55) 

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