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西班牙(スペイン)旅行記Ⅲ [旅行・紀行文]

スペインの朝飯.jpg
 
 
 スペイン人は朝、通勤途中にBar<バル>(居酒屋、バー、パブ)に寄って朝食を摂る。
 
 スペインに来てからは毎朝バルで朝食を摂ったが、スペイン人は甘いのがお好きらしくチュロスにホットチョコレートいう組み合わせ(上記の写真)が定番らしい。だが、最近はトーストにカフェ・コン・レーチェや生ハムの挟まったサンドイッチなども多くなって来た様だ。その他に11:00頃になるとまた軽い食事をするためにバルに寄る。そして14:00から2時間も掛けて昼食を摂り、午後の5時か6時から仕事を再開して午後8時前に仕事を終えてそれから軽い夕食を摂ったり、バルでアルコール類を飲んだりタパスという小皿料理を食べながら店をハシゴするというのも多いらしい。つまりスペイン人は一日に四回食事をする訳だ。おやつやアフターヌーンティーなど無いからすべて食事なのだ。
 ちなみにスペインではレストランの事をTabernaというと教わった人も多いと思うが看板に殆どその表記はなく、ごく普通にRestaurantと表示されていた。読みもイタリア語の様に<リストランテ>なんて呼びはしない。道を尋ねた事は何度もあったが通常の<レストラン>で通じない事は一度も無かった。
 

 「あなたって、何て我が儘な人なの」

 今回のスペイン旅行ではうちの奥様はわたしに対して二度も癇癪を起こしました。その度に感情的な言葉を投げつけられ、売り言葉に買い言葉で夫婦喧嘩をそれこそ何度もしました。口喧嘩は普段それなりにしますが、感情を表に出しての喧嘩となるとそうはありません。しかも海外旅行の最中の大喧嘩ともなると過去にも記憶はありません。

   今回の海外旅行は突端から波乱含みでした。

 スペインに向けて出発する二日前にエールフランス(以後AF)から突然英文のメールが届きました。内容を見ると7月28日から8月2日にかけてストがあり、もしかしたら予約した便が欠航するかも知れないというメールです。しかし、もしその便が駄目でも代替便をグループ航空会社を手配しても用意するから安心してくれという内容でした。
 妻に聞けば海外の航空会社ではストは良くあるとの事ですが、旅行二日前ともなると流石に心穏やかではありません。チケットは半年前に予約し既に代金も支払われています。これが旅行会社主催のツアー旅行であれば、旅行会社がすべて責任を持って手配をしてくれるので心配はいりませんが、わたし達の様に個人旅行となるとそうはいきません。

 海外への個人旅行では予定が予定通り行かない事態に必ず巻き込まれる事を覚悟しなければなりません。予定された定期便が何らかの理由により突然欠航になったり、到着や乗り継ぎ便が遅れたりといった事は常態と思っていた方が良い。乗り継ぎ(トランジット)で直前に指定された搭乗ゲートが突然変更になったり、なんてことは年がら年中発生しており、空港では免税品の購入などにうつつを抜かしていると、そのアナウンスを聞き逃してしまい往生することもあり得る訳です。今回もこのストのゴタゴタと、帰りの便のシャルル・ド・ゴール空港から成田に向かう便で、手荷物預かりカウンターの手続きを終えて、搭乗ゲートに向かっている途中にゲート変更のアナウンスがありました。ビジネスクラスに乗るお金はないけれどプレミアムエコノミークラスなら、こんな時にも優先案内や優先搭乗の権利がありますからひとまず安心とは云えるでしょうがエコノミーでの旅行は結構大変ですので海外旅行に旅慣れてしかも外国語、少なくとも英語ひとつだけでも堪能でないとトラブルを回避するのは容易ではありません。だから日本人は旅行会社主催のツアー旅行を選ぶのでしょうね。

 とにかく個人だけでなくツアー旅行でも海外に行ったら空港内では自分の乗る便の名称は絶対に覚えて置いた方が良いでしょう。もしその便名がアナウンスされたら予定通りではない何かがあったということですから近くにあるその航空会社のカウンターやゲートでどうなっているのか速やかに確認して置かないと後で慌てる羽目になりますし、鷹揚に構えていると最悪予定されていた便に乗ることすら出来ません。そしてそれらはすべて自己責任になりますからお金も余計に掛かってしまいます。何度も繰り返しますが、外国語を習得していないとトラブルに巻き込まれる可能性大です。最低限ある程度英語が出来ないとトラブルに対処出来ません。うちの場合は英語力はうちの奥様にあり、交渉力と決断力はわたしにありますので二人揃えば向かうところ敵なしです。しかもお互い離ればなれになっても結構一人で対応出来たり過去にはありましたのであまり心配もしていないのです。

 

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 ところがその二人が今回の旅行では二度も派手な口喧嘩をしてしまいました。そしてそれはわたしに語学力が無い。特にスピーキングが出来ない事に由来した感情の行き違いでした。

 自分の云いたい事をその場で云わないと外国では通用しない事があります。後でああでもないこうでもないと云っても文字通り後の祭りです。しかし今回の口喧嘩は、わたしが自分の意思をその場で伝えていなかったからではなく、わたしの与り知らないところで予定が勝手に変更されてしまった事に由来するものでした。その意味ではわたしの所為ではないと云えるのですが、わたしが英語が話せない事に由来するものであるという観点からすればわたしの語学力がないが為に発生したトラブルとも云えるのです。

 喧嘩はこうして始まりました。それはバルセロナからマドリッドに着いて三日目の夜を迎えた日の事でした。丁度サラマンカに行った日の夜でしたが、わたしはマドリッドで英国人夫妻と合流して以降の二日間を通して不愉快な事と不満が鬱積していました。その夜、妻が英国人夫妻と夕食を共にするという約束にわたしはNOを突き付けたのです。

 そして、ひとり部屋に残ると伝えたわたしに妻は怒りだしたのです。わたしが夕食を共にしないと云ったのは、妻と英国人夫妻に対する不満の表明でしたが妻には単なる我が儘としか映らなかったようです。しかしわたしはいきなりそんな事を云い出した訳では無く、英国人夫妻と合流した当初からそうした問題について妻には伝えていたのです。どの様な問題かと云えば、意思が伝わらない儘にいつの間にか予定が変えられてしまうというわたしの不満でした。

 にもかかわらず、わたしに相談もせずに英国人夫妻とディナーを共にする約束をした妻に、「俺はそんな約束をした覚えはないぞ。勝手に決めるな」と叱りました。普段ならこんな事でいちいち目くじらを立てたりはしないのですが、幾つもの意思の疎通の悪さが重なり、かなり鬱積したものがありました。きつい言葉の応酬の果てにわたしは「不愉快だから夕食は共にしない」と妻に宣言したのです。そう云い放ったわたしにうちの奥様はついに癇癪を起こしました。

「人の都合や協調性を考えないならば自分一人で生きていけばいい。私もこれからは好きにするから。フロントに云って部屋を別々にして貰うから、それでいいんだね。私は本気だよ。覚悟は出来ているんでしょうね」とそれこそ婚姻解消の様な恫喝をされ、英国人夫妻の待つディナーに一人行ってしまった。出て行く妻に「お前の好きにすれば良い。でも俺の意思だけは二人(英国人夫妻)に伝えて置けよ」という言葉を背中に浴びせましたが扉はガチャリと閉められ聞こえたかどうかは定かではありませんでした。

   その様に別の部屋を取ると云いだした妻ですが、わたしはと云えばそれに全く動じなかったし心配もしませんでした。部屋を出てもまた戻って来ると分かっていたからです。妻が幾ら啖呵を切ったところでそれを実行するだけの度胸も経済力もバックボーンも現実にはないのをわたしは見越しています。一旦冷静になればそれが分からないほど妻は愚かではないと思っていました。そしてわたしの予想は違う事はありませんでした。

 普段はお互い足りないところをフォローし合っている二人ですが、数年に一回は本気で喧嘩をします。喧嘩といっても口喧嘩だが結構派手な云い合いになってしまいます。でもわだかまりはわたしは喧嘩後は解消しています。妻もそれ程後には残さない方なので気にしない事にしています。今回もたまたま海外旅行の最中に感情の行き違いがあっただけだと割り切っていました。


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   わたしは妻に限らず自分の行為に対して文句を云われれば、そしてそれが間違った考えだと判断したならば黙ってはいない。逆に指摘された事が正鵠を射たものならばすぐに謝る。この場合は御門違いだったので反論しました。しかし妻はそれにまとに答えられませんでした。

   答えられなかったのは、わたしが英国人夫妻へ伝えろと云った二人に対する苦言を妻が伝えていなかったからです。わたしの言い分は正当なものだったが、妻は今まで三十年以上も掛けて積み上げて来たこの夫妻との良好な関係が悪化するのを恐れるあまり伝えていなかったのだろう。それでわたしと英国人夫妻との間で板挟みになっている事は分かっていた。様々な思いが錯綜していたのだろうが、わたしの考えははっきりしていた。

 判断するのは勿論向こう(英国人夫妻)だが、こちら(わたし)の意向をあちらに伝えなければ何一つ今の状態は変わらないのだ。それを伝えないのは妻の考えがあっての事だろうが、その考えそのものが間違っているとわたしは考えていた。

 妻は感情的になってどうしても夕食に同行しろと云い募ったがわたしは聞き入れなかった。幾ら反論してもそれが聞き入れられず、逆にお前は間違っていると理詰めで攻め込まれてしまった妻は癇癪を起こすしかなかった。しかしそれに動じるわたしでもなく、云い分は平行線のまま終わった。妻は最後はいつもの開き直りだったがこれは妻の常套手段でありわたしの心を動かす事はなかった。

   しかし、その夜の10時過ぎに英国人夫妻との夕食から戻って来た妻にわたしは告げた。捨て台詞の言葉をぶつけたまま、わたしの警告も聞かずに出て行った事にわたしの怒りは未だ収まっていなかったのだ。

「さっき、俺に協調性がないって云ったよな。お前の云う協調性って一体何なんだよ。それを云うなら、この計画を立ててすべての手配をしたのは俺だぞ。その計画を聞いた向こう(英国人夫妻)がこっちの計画に相乗りしたに過ぎないんだぞ。だったら向こうこそこちらに合わせるのが筋だろう。違うか? 勝手に予定を変えて置きながら、それに付き合わないからといってそれを我が儘と呼ぶなら呼べばいい。だが俺は自分の意思は通す積もりだ。予定は今後は変えない。一緒の行動も御免被る。自分で云う云わないの判断を勝手に判断するからこうなるんだ。俺の意志をハッキリ伝えろよ。云わなきゃ伝わらないだろう。え、そう思わないか。
 それでも俺の云っている事も訊けず、納得もしないっていうのなら好きにすればいい。俺もそうするよ。さっき部屋を出て行く時捨て台詞のように云ったよな、出て行くって。別の部屋に移るんだろう。だったらフロントに話は付けたんだろうな。本気だという云うならその覚悟の程を見せて貰おうじゃないか。え、ああだこうだ言い訳や御託を並べていないで早く出て行けよ。俺は一向に構わないぞ。
 それが出来ないなら夜の夜中だろうが何だろうが相手を叩き起こしてでも明日から暫く別行動だと俺が云っている事を伝えろ」

   その様に、本気で怒っている事を妻に分からしめた。そして妻はそれを英国人夫妻に伝えるしかなかった。わたしは普段は忍耐強いが、一旦怒ると手が付けられないし、云う事も辛辣になる。だがわたしは云いたい事を云うとその後直ぐに眠ってしまった。

   そして一夜明けた後も妻は別行動を取らず、何事もなかったかの様に振る舞った。前日に英国人夫妻には朝食も共にしないし日中も別行動だとは妻を通して伝えてある。どう伝えたのかは知らないが、以降妻はわたしの立てたスケジュール通り動いたし、英国人夫妻もそれに従った。そして妻との関係は表面上何一つ変わる事なく旅は続き、そして予定通り帰国もしたが未だ離婚には至っていない(笑)

   実のところ、口喧嘩する前にeチケットは自分の分も含めて妻に全て渡していたので、妻が本気ならば別行動で夫婦バラバラで旅行を継続し、別々に帰国する事も可能だった筈だ。現実には、紙に打ち出したeチケットはアナログ人間の妻の為にわたしがわざわざ用意したものであり、わたし自身はスマホに入ったeチケットで事足り、そんな紙切れなど全く必要としていなかった。
 宿も交通機関もわたしなら何もかもスマホひとつで対応出来る。英語が出来なくても今まで往生した事もない。万一言葉が通じなくてもいざとなれば翻訳アプリで十分事足りる。そしてどの様に日本語を打ち込めば正しい外国語に翻訳されるかは経験して知っている。つまり使いこなしているのだ。謂わば、この様に常日頃からスマホやパソコンのアプリを使いこなしているという自負とそこから来る強気の発言なのだが、一方の妻がそれをしないのは、その場その場の強気の発言とは裏腹に実際には一人では生きていけない現実をよく知っているからだ。

 ならば自分の非を認め謝ればいいものをそれをしない。妻はわたしより年上だという意地があるのだろうか。どんな事があっても、わたしに対して謝るという事をしない。しかしわたしとてそんな事にいつまでも拘泥はしていない。相手が何回も同じ事を繰り返す場合は別だが、一旦云いたい事を伝えたら二度と同じ事は云わない。それがけじめだと思っている。


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 この様に夫婦喧嘩は毎度の事だが何もスペインに行ってまで遣る事はあるまいと自分でも思う。だが、嫌なことは嫌だし、納得しない事には”YES”とは云えない。ただそれだけのことである。それで妻の面子を潰そうが、英国人夫妻の心証を悪くしようがわたしはお構いなしだ。そして英国人夫妻がわたしに気を遣い、何とも気難しい日本人だと思われたとて一向に構わないと思っている。

 ただ自分の意見だけはハッキリと云わないと外国人には誤解を受ける。だから、妻を通してわたしは自分の意思はハッキリ伝えてあったつもりなのだが、妻は英国人夫妻に遠慮して伝えないことも多々あった様だ。それがわたしの怒りのもとだったりするのだが、兎に角自分が正しいと思ったものは殊外国人の前では明確に正確に伝えなければならない。わたしはそう思っている。中途半端な妥協は相手に見くびられたり軽んじられるだけだ。


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 今回の旅行はわたしが取り纏めたものであり飛行機も宿も交通手段もすべてわたしが手配した。殊に予約した宿は一度もハズレが無くわたしの選択とセッティングは完璧で素晴らしいと最後は英国人夫妻にも絶賛された。現地に入って英国人夫妻の要望により急遽ロンダに宿泊する事になってもわたしの選択ミスはなく夫妻の要望通りの価格帯の安価で素晴らしいHOTEL<オテル>を予約した。わたしの判断は完璧であった。典型的な短期集中型のわたしが遣るのである。そしてそのわたしが徹底的に調べて決めた。当たり外れがあってたまるものか(笑)

 旅行初日にうちの奥様には、外因的なもの、例えば相手の要望などでスケジュールを変えることは嫌だとわたしの意思を伝えてあった。そう云ったのは自分に起因しない要因でスケジュールを変えるとろくな事はない分かっていたからだ。

 そして現実にも妻がわたし不在のまま英国人夫妻の要望や提案を受け入れてしまったが為に予定を変えざるを得なくなって、その結果散々な目に遭っていた。

 わたしの立てたスケジュールは、分刻みや時間刻みではなく本当に緩やかなものだ。だが、かといってルーズで纏まりのない行き当たりばったりの旅をする気は更々無かった。それはわたしの最も嫌いな類いの旅だ。自由気ままに旅をしたければひとり旅をすれば良い。そう思っている。

 今回の旅行では英国人夫妻の提案をわたしに相談もせずに妻が受け入れてしまったが為に、これとこれだけは見るとか体験するという最低限の目的を果たせなかった。その原因は明らかだ。英国人夫妻が朝に弱く、時間にも無頓着で、尚かつ行き当たりばったりの考えで動いていたからに他ならない。

   今回の旅行の主目的はスペインのアルハンブラ宮殿を筆頭とするイスラム建築を見ることであり、国土をイスラム教徒から奪回するというレコンキスタ完遂後の15世紀後半以降のカトリック建築はどうイスラム建築と融合したのかを見ることであった。その建築様式や絵画といった美術を見て、尚かつスペインの自然や風物も一緒に愛でるプランを立ててこのイベリア半島まで来たのだ。妻にはその事を伝えていた。

 それが、マドリッドで英国人夫妻と合流して以降、行き当たりばったりの二人に翻弄され目的を全く果たせない二日間を過ごした果てに、遂にわたしはぶち切れてしまった。


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<英国人夫妻じゃありません。トレドの現地観光ガイドと同じガイドツアーで一緒だった子連れスペイン人夫妻の奥さん>

 わたしはこの英国人夫妻とは何度も一緒に過ごしているが今回ばかりは我慢がならなかった。何故なら朝寝坊な夫妻の都合に合わせ出掛けるのが遅かった為に、世界遺産のToledo<トレド>では遅い時間に着いて歴史的建造物の内部まで入る時間が無く、ガイドの通り一遍の話だけで終わってしまったからである。
 最低限でもスペインのカトリックの総本山ともいえるCatedral<カテドラル>とエル・グレコの宗教画が飾られているIglesia de Santo Tome<
サント・トメ教会>だけは見たいと思っていたのだがそれが果たせなかった。それでもトレドツアーの不手際は我慢した。

 しかし、二日目の旅程を変えSalamanca<サラマンカ>に行くことになったのまでは、元々時間があれば行こうと思っていたので我慢出来たが、見通しが甘い上に更に朝遅かった為に、且つ予約も取っていなかったので、予定していた列車に乗れず当初考えていたスケジュールから二時間もロスして出発したのには閉口した。しかも是非見るべきだと英国人夫妻の旦那が勧めた筈のサラマンカ大学は定時の休校で内部を見る事は能わなかった。後で考えれば夏休みなのだから休校は当たり前なのだがそれすら調べもせずに来たのはただ呆れるばかりであった。

 何の為の旅程の変更であったのか。よく調べもせずにその場の思いつきで行動してるとしか思えなかった。

 しかし、その埋め合わせで入ったカテドラルは思いの外素晴らしいものだった。だが、英国人夫妻はチケットが高いと云って入らなかった。本当の理由は宗教的なものであり、それ故見る価値がないと思ったからだとは後で気づいた話だ。つまり他宗教に対する英国人の偏見だとわたしは思っている。兎に角それで妻と二人だけで入ったのだが、その後に彼が云った言葉でわたしの堪忍袋の緒が切れた。

 英国人夫妻にわたしの気持ちを伝えるよう妻に云ったがまともに伝えてはいなかった。わたしの云っている事は、結構きついので云わなかったのだろう。だが相手がどう捉えるかは、云わなければ分からないし、伝わる事もないだろう。

 伝えなかった事に対しての妻の言い分は、英国人夫妻が悪気でしている事ではないし、親切心で予定を変える事を勧めたのであって、それにあなたは同意したではないかというものだ。

 だがそれは事実ではない。

 英語がしゃべれないわたしを除いた三人で決めしまった後で伝えられて追認するしかなかったのである。つまり決定の場に同席していた訳ではなくわたしは常に蚊帳の外であった。そしてここが一番肝心なところだが、行き当たりばったりで予定に遅れる事まで事後了承した覚えは更々無い。しかも、わたしがお世辞ではなく印象に残って素晴らしいと云ったサラマンカのカテドラルを、彼は自分の信奉する英国教会(プロテスタント系)と違うという理由からだろうか、rubbish<ラビッシュ>と一言で云い捨てた。このカテドラルは日本の皇后の逸話も聞いて気分を良くしていたところに、天皇の生前退位の話題まで出た直後のrubbishと云う発言は何とも間が悪く著しくわたしの気分を損ねるものだった。

 rubbishの意味は様々で、慣用句も多々ありそれぞれ意味が違っている事は百も承知している。だが簡単に云ってしまえばrubbish<ラビッシュ>とは<ゴミ>の事である。総じて<価値のないもの>に対して使われるものだ。英国では否定的に使われる場合が殆どで肯定的に使われる事はまず無い単語だ。英国人にとっては軽いジョークかも知れないが、これがわたしには気に入らなかった。多分日本人の過半は皇室の悪口を云われたと感じたら反発を覚えるだろう。これはそうした類いの発言だった。英国人なら英王室の悪口を云われたら腹が立つだろう。それと同じ事である。


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 <よく見ると彼には右手の小指がない。スペイン版の〇ッチャンだろうか>

 この様に英国人はrubbish<ラビッシュ>という言葉を実によく使う。同じ英語圏でも米国人はこの言葉を殆ど使わない。わたしは話せはしないが、ヒヤリングでは人が話している事の大意や単語の意味くらいは理解しているのである。rubbish<ラビッシュ>は英国人にとっては常用語となっている訳だが、海外に行っても英国(UK)国内にいるのと同じ様に使えば、時に顰蹙(ひんしゅく)を買う事もある事に英国人は気づくべきだろう。

 かつて世界に覇権を唱えた英国が更にその前に覇権を唱えたスペインを笑ったり見下したりする道理はないしその立場にある訳でもない。また第二次世界大戦で日本が敗戦したからと云って日本人である自分がそれを負い目に思う事もない。逆に云えば日本が先の大戦で敗戦国となったからと云って、英国人が日本人を見下す理由にはならない。

 トラファルガー沖海戦でスペイン艦隊が、英国艦隊に大敗したのは歴史上の事実だがそれは完璧な勝利ではない。同じ世界三大海戦でも、日本帝国海軍とロシアのバルチック艦隊との間で行われた日本海海戦ほど明確なと云うより完璧な勝利を得た訳ではないのである。

 この点から云っても日本帝国海軍の作戦の緻密さと、大胆さは比類ないものであり、例え当時の大英帝国海軍でさえも太刀打ち出来ないと思われる。思い上がった民族と、必死に列強の圧力に抵抗した民族とは自ずと雲泥の差があるものだ。それを自分達を優越民族だと内心で思うのは勝手だが、相手を劣等民族だと思うのは思い上がりも甚だしい。

 英国人がアジアだけでなく欧米でも嫌われる理由のひとつに、相手を小馬鹿にした様な皮肉があるのだが、それが何処にその因を発しているかといえば、大英帝国時代に世界を制覇した事に源を発しているのは明らかであり、自分達は元々優秀な民族だという自負だろう。しかし歴史を顧みればそれは幻想でしかなかった。

 ところで朝鮮半島の人々にもそれは云える事だ。ただしその自負に関しては朝鮮半島のそれはまったく根拠がないし、未だに中国の属国意識が抜けない民族だという意味で全く実質の伴わない自負だと思われる。そう云われて悔しかったらノーベル賞をもっと取ってから自慢すれば良い。先端技術での特許の数が日本を上廻ってからすれば良い。そうすれば日本人も少しは納得する事だろう。まあ、そんな自慢さえ恥を知る日本人なら嫌うと思うが。

 といいながら、わたしは民族主義者ではない。況してや韓国人や中国人を排斥しろなどと云っているのでもない。もっと自分達が過去に為してきた事、そして今を見詰めもっと謙虚になれと云っているだけである。まあそれは戦後一貫して恥知らず路線をひた走って来たお馬鹿な日本人にも云える事なのだが、他国を非難して自国の現状を顧みない他の極東二カ国と日本は一線を画しているとは云えると思います。
 あ、現政権は恥知らず路線を突っ走っているので除外します。かの政権与党のいう「美しい日本」や「日本を取り戻す」というスローガンは、今まで現政権が為して来た事を考えれば、一体何を指して云っている事やらわたしにはさっぱり分かりません。


サント・トメ教会の光芒.jpg 

 話を元に戻します。

 よくよく考えれば、スペインにしろ英国にしろ、欧米の歴史は自分達より劣っていると思われる者達からの略奪と文化文明の破壊と殺戮の歴史であって、その後の人的・資源・物質的搾取と自分達の価値観の押しつけの歴史なのだからけして誇れる様なものではない。

 今日のヒューマニズムはその反省の上に成り立っている様だが、未だそれが本物であるとは云えないというのは欧米の現実を見ても明らかだろう。そして欧米諸国に過去に迫害された民族がそれを忘れる事はないだろう。


トレド街中1.jpg 

 上記の話に関連してまたしても脇道に逸れるが聞いて欲しい。

 それは遠からぬ将来の話ではなく今現実に起こっている事だ。

 今後の世界情勢の話をしよう。それはヨーロッパで起こっている事だがやがて世界を揺るがし、その不安定要素になる事は確実だと思われる。

 これは一部の専門家の見方だが、シリア避難民の過半はEU内で虐げられ搾取と侮蔑と差別の対象となるだけである。そしてそれが恨みとなり、更なるテロの横行に繋がり、何れEUの中軸国たるドイツをフランスを含めた他国は見放し、EUは崩壊する。その理由を説明しよう。自国の高齢化により他国から労働力を受け入れなければ自国の経済が成り立たないドイツはEUという広域共同体の中での人的物質的移動を自由化する事によって自国の利益を最大化出来る。だからEUの中軸国として振る舞っているのである。しかしこれは他国にとっては利益を損なう側面を持つ。国によっては利益どころか負債や負担だけに終わる。少なくとも英国はそう判断した。だからこそのEU脱退なのである。

    UK(英国)だがその言い分はもっともだ。ドイツばかりが利益を享受し、英国の拠出金が難民救済の名目でドイツの利益の為に使われている。それでは公平性がなく不利益ばかり被ると判断したのである。

 日本では報道されたドイツやフランスの動きを見て、EU離脱という選択をしたUKを、移民を排斥するポピュリズムが台頭した結果だなどと解釈する馬鹿な学者や文化人知識人がいるから余計真実が見えて来ない。安倍政権も然りである。世界で今何が起きているのか真実を知る政治家や学者が果たして日本には何人いるだろうか。わたしは甚だ疑問に思う。

 政治家やマスコミや学者の話からしかそれを知ろうとしない。自分の目と耳で確かめようとしない大半の日本人は、更にEUの情勢を謬り見間違う事になりはしないかとわたしは心配している。
 というより、言葉巧みに世論を現政権に有利になるよう情報操作してそれを鵜呑みにしている過半の日本国民を見ていると、今の日本の現状こそポピュリズムそのものじゃないかと思う。参院選直前の消費増税先送りなどはまさにポピュリズムの手法そのものだが選挙の結果はその目論見が見事成功した事を意味する。更にそれを民主主義の結果だなどと云うに及んでは何をか況んや。

 議会制民主主義はそれが多数決を基本とする以上、純然たる民主主義には成り得ないというのが今や世界の常識である。それでも過半の国が議会制民主主義を止めないのはそれに変わる制度や政治体制が見つからないというのと、日本とは違って選挙の度に必ず過去の反省による政権交代が健全に行われる伝統があるからに他ならない。その意味で日本には未だその不完全な議会制民主主義すら根付いていないというのが現状だと思うが如何だろう。

 UKのEU離脱の意味を政治家や知識人、文化人と称する者も含めて日本人の誰もが云おうとしない、または無知であるか、異論があってもそれを封殺する現実の方が、UKの国民投票による選択に比べて遥かに危険で異常な事態だとわたしは思う。

 現実に日本は民主主義国家とは名ばかりだ。現政権を批判するマスコミがその現政権から圧力を受け、挙げ句の果てに迎合すればそれはもうマスコミとは云えないし真のジャーナリズムではない。反論をねじ伏せたり隠す事は自己の論理が間違っている事の何よりの証左だ。現政権はまさにそうした事をしているのである。本当に、他国の批評などしている場合ではないのだ。

   という訳で、日本やEU各国に比べUKの国民投票の結果は君主を戴いた議会制民主主義の先駆者であるこの国の健全性を改めて示したものだとわたしは考える。多分ドイツやフランスやイタリアより遙かに健全でまともな国だと思う。皮肉屋である事と大英帝国時代にしでかした蛮行を除いては、民主主義の先駆者として英国人は賞賛に値する。

 実のところ、7月下旬のUK(英国)の離脱はEUの終わりの始まりだと思っている。

 そしてUKで終わる訳ではないとも思っている。誰に云われたでもなく誰から聞いた訳でもないが、色々な情報を集めるとそういう結論に自ずと導かれる。これはわたしの考えだがけして間違っているとは思っていない。日本人からすればスパンは長いかも知れないが、十年としないうちに今のEUは完全に内部崩壊するだろう。急激な加盟国の増加はEU体制の強化には繋がらない。むしろ弱体化に直結するものだと云えるだろう。現実にEUの組織と機能が現状に合わなくなって綻びが見えている以上、今のままで良い訳がない。そして、ドイツだけでなく参加するすべての国が等しく利益を享受するものでなければEUは生き残れないとわたしは思っている。そしてそれは、EU各国がそれぞれのお国事情を抱えている現実の前に、いずれ共同歩調を取る事は不可能になり自滅の道を辿る事は明らかだ。スペインに行って現地の情報を得るにつけその感を益々強くした。英国人の旦那とこの事を妻を通訳に立てて話し合ってみたいと思っていたが上記の理由によりその気が完全に失せた。

   という訳で、わたしの予想はここのところ外れっ放しで少しも当たらないが、それでも敢えてEUの崩壊を予言して置きます。ちなみにわたしはUSAのTPPも米国連邦議会において批准されないだろうと考えています。アメリカ合衆国という国家は自国の利益には敏感でありTPPは結局は自国の為にならないと過半の米国民が考えているのは明らかです。日本もTPPを見直すべきだと思っている。


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 スペイン旅行記に戻ります。

   今の世の中は本当に便利になりました。うちの奥様(妻)は日々BBCなどを毎日英語で直に聞いている訳ですが、世界情勢を英語が出来るにも拘わらず少しも理解していないから真実が見えて来ない。BBC一辺倒ではなく、同じ頻度でアルジャジーラ(英語放送もされています)を見て、同じ対象がどの様な解釈がなされ報道されてるか、その違いを知らずして真の理解は得られないのは自明の理である。そうでないと世界の真の姿は見えて来ない。

 妻に限らず自分の信じるものばかりを礼賛して、相手の良いところも悪いところも含めて理解する事をしないというのは、日本人である前にまず自己の矜恃がないのと同じだとわたしは思う。それでは相手が間違えた時でもそれを注意したり指摘する、ましてや議論する事すら出来ないではないか。そう思うのだ。無闇に相手を信用する事の愚かさを知るべきだと思う。

 どの様な信教を持とうとも、自分の信奉する宗教や思想・信条・哲学と相容れないからといってわたしはそれを排斥したりバカにしたりはしない。スペインはカトリックの国なのでプロテスタントというより英国教会の一員である彼はそれを受け入れなかったのだろう。彼はわたしより一廻り以上年上である。それに対する敬意は払うが、だからといって諂(へつら)いはしない。年上であろうがなかろうが、地位ある人だろうがそうでなかろうが、機会があればわたしは自分の意見は述べるだろうし時には強く主張する事もあるだろう。特に欧米人は自分と違うものを排斥したり価値のないものと見做す傾向が顕著だ。これが東洋人、特に仏教国(大乗仏教)の民とは決定的に違うところだと思う。

 しかし妻(うちの奥様)にそんな事を云っても理解はして貰えない。第一そこまで微妙なニュアンスを云えられるほど妻は僕の発言とその真意を理解していない。いや、全く理解していないと思われる。わたしの云っている事は難解だとして最後は声が大きいとかうるさいと云って感情的になり聞く耳を持たないのだ。今回に関して云えば、親しい英国人夫妻とギクシャクするのは避けたいところではあったのだろう。イギリスかぶれしている割には、こんなところはまさに日本人だ。普段は聞き流してはいるがだからといって肝心なところではわたしは譲らない。そして間違っていると思う事はけして許さない。まあ、だからこそのブチ切れなのではあった。

 その日わたしは夕食を共にするのを拒否し、マドリッド最後の日は、夜の老舗レストランでの会食は一旦約束した事なので守るが、それを除いてお互い自由行動をして一緒に行動はしないと宣言した。そして冒頭の妻の言葉もあったので、まさに売り言葉に買い言葉、妻には「わたしを蔑ろにしたければ今後英国人夫妻と行動を共にするがいい。しかしそれがどの様な結果を招くかはよく考えて行動しろ」とまで宣告した。そして今後も単独行動はあり得ると妻に云い放ち、わたしの意思を確実に英国人夫妻に伝える様に強い口調で話をした。その所為でその夜ミネラルウォーター以外何一つ口にする事はなかった。

 にも関わらず妻は翌日わたしが行くと云っていたプラド美術館を一緒に見る約束を英国人夫妻に取り付け入館時間まで決めていた。翌朝それを聞いたわたしの怒りは相当なものだった。「そんな約束をした覚えはない。今すぐ英国人夫妻を叩き起こしてわたしは不承知だと再度伝えろ」と告げた。そして妻は不承不承私の意思を上階の英国人夫妻に伝えに行った。その夜、約束したBotin<ボティン>というギネスブックで現存する世界最古のレストランと記載されている老舗に一緒に行ったが、その道すがら英国人夫妻のわたしに対する態度がガラリと変わり非常に気を遣う様になった。そしてその日以降翌日の行動について、妻よりもまずわたしの意向を確かめる様になった。BotinではCochinillo Asado<コチニーリョ・アサード>という子豚の丸焼きをコースで食べたが前菜のガスパッチョやデザートを含めて美味しかった。

「わたしを英語が話せないからと云って妻と三人だけで話して予定を決めた後では、わたしはその提案の可否を答える場がないではないか。だとしたら自分達三人だけで行動すれば良い。わたしは同調しないし今後は単独行動を取る。それでも良いか」、というわたしの主張は筋が通っているし例え議論好きで皮肉屋の英国人だとて反論は出来ない。どんな時でも自分が正しいと思う事、そしてそれが揺るぎないものであるならば主張は貫徹すべきである事をあらためて学んだ次第です。

 この英国人夫婦は元々妻が英国に留学した時に知り合った人達で、わたしはそのその五年後に妻と新婚旅行で英国に行った時に初めて紹介されて、それ以来の付き合いだが会う度にわたしが一向に英語をしゃべらないものだから少し軽んじられていたのかもしれない。
 悪気はないと思う。しかし、わたしの存在を分からしめるには、自分の意見を押し通すという様な強硬な手段を時には用いないと相手に分かって貰えないこともあるのだ。そしてそれは日本でも云えることではある。

 それでその様な行動に出た訳だが、これはSevilla<セビーリャ(セビリア)>でも繰り返された。理由は今度は全く違うものであったがその話しはまた次の機会にして置こう。今ではわたしは自己主張が強く、相当気難しい日本人として英国人夫妻の目には映っている事だろう(笑)

 妻には、「今回のスペイン旅行が原因で、英国人夫妻は一緒に旅行をしようとか行動しようなどとは二度云わないだろう」と云ったが妻は無言だった。そしてその事を二人、特に英国人の旦那に伝えたかどうかは知らない。というより向こうの奥様には伝えたかも知れないが、旦那にはけして伝えなかっただろうと確信している。

   英国にも「郷に入っては郷に従え」に近い諺と考えはあるだろう。それとも英国人はどこに行っても自分の考えやスタイルを押し通すと云うのだろうか。もしそうならば尊大で鼻持ちならない英国人というレッテルを貼られる事になるだろう。物事は一面だけでは計れない。英国は良いところもあれば悪いところもある。その事をよくよく理解して付き合うべきだろう。まあ、そうは云っても今の日本よりは遥かにマシな状況にあるとは云えるのだろうが。

 え、わたしの方が英国人より遙かにシニカルもしくはアイロニカルだって? そんな事はないよ。わたしは批判精神は発揮するが、英国人の様に相手を見下したりこき下ろしたりはしませんし、そんな詰まらない事で溜飲を下げたりなどしませんから。

トレドのカテドラル.jpgユダヤ人街表示.jpg 

 ところで上記の理由によりあまり印象に残らなかったToledo<トレド>ではあるが写真だけは掲載した。トレド訪問は本当に悔いの残る一日でした。

 それにしても旅行は楽しい。毎回色々な事がある。今回の旅はあまりの暑さに得意とする思索的な旅は出来なかったが、めずらしく感情的になったり、予想外のトラブルに巻き込まれたりしました。しかしそれを楽しむ心の余裕は常に持っていた積もりです。

 わたしは先の見えない怒り方はしません。必ずどう納めるか、どう収束させるかその結末まで考えた上で怒っています。つまり、わたしがどの様な理由により怒っているのか相手に分からない怒り方はしないし、どうすればわたしの怒りが収まるのか相手が考えられる様に導きます。ですから感情に任せた怒り方ではなく、理性に基づいた怒りだと思っています。まあ、妻はそうは思っていないでしょうが(笑)

 今後も旅行記は続きます。

 


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たいへー

1日に4回も食事してたら、私の場合お客様が逃げるな・・・^^;
by たいへー (2016-08-30 12:26) 

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